アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

天丼的経営について

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雑記。

メモを集めたのでとっ散らかってます。

 

日々、色んな所からいろんな依頼というか相談とか話を聞きたいとか舞い込んでくるんすけどね、だいたい局所的でテクニカルなことが多くて、それググればいいんじゃね?ということばかりっす。

私自身20代で3DCGオペで社会人デビューしてからいままで、Webデザイン、UI開発、で岡山帰ってカフェ、パン屋、おみやげ屋ときてるから、経歴を輪切りにするとテクニカルなことの集合と捉えられやすいんだけど、まあ、別に何一つ特別なことはやってないし、難しい勉強もしてないんで他人様に教えることなんてないんすよ。

パンの焼き方とか、3DCGの作り方とか、それぞれはまったくことなる分野のテクニックだけど、それ自体をマスターしてもなんの意味もないんすよね。オペレーションの集合が経営だというのではなく、経営資源として必要なものをマスターしていくというほうが正しい気がする。

資格を取って活かせない素人がうじゃうじゃいるのもそういう感じに見える。みんな「やりかた」とか「つくりかた」を勉強したいヒマな金持ちが多いということでしょうか。

で、自分の専門分野というのは何かとちょっと考える事があって、いろいろ考えた挙句「攻撃的戦略立案」なのではないかと思うようになりました。私が踏み込む市場は敵と味方がくっきりと別れるんだけど、敵や味方は正直な話お金にならないので、その間のボリュームゾーンにいる的でも味方でもない人たちに向けてどうやって手を打つかというのも当然考える。

いろいろ相談を受けるけど、みんなで幸せになろうとか馬鹿げてるし、幸せになりたいやつから幸せになればいいのであって、なんにも考えていないとかなんの努力もしてないやつまで幸せにしてあげる理由なんてないんですよね。

で、スマホの中に天丼の写真があったので、自分の中で考える経営というか会社について。

 

天丼経営

いろんな具材の天ぷらが独立して揚げられていて、それぞれ具材ごとに火の通し方が異なる。それぞれの具材の持ち味を現場ごとに発揮する事ができて、海老の次はナスいこうか、アラカルトで頼んだ季節の食材も既存天ぷらの上に積み上げやすいので拡大しやすいし具材間のシナジーも生まれやすい。海老や舞茸や万願寺唐辛子はそれぞれ独立した事業会社であってもいいし、顧客は海老を一口頬張って口の中に海老が残った状態でレンコンを追加投入して食感をカスタマイズすることも出来る。丼椀から海老が大きくはみ出すようなダイナミック経営丼も可能。こういう演出も出来るという感じで。

 

かき揚げ天丼経営

いろんな具材を細切れにして衣でまとめて成形して揚げられるので、単一事業のなかにこまかな派生事業を組み込んでパッケージしてご飯にのせる。旬によって具材の組み合わせは無限で、それらが口の中で渾然一体となって顧客満足を向上できる。ロングテールになりがちな事業の場合具材が増えてしまうので、天丼型だと丼椀からはみ出すという市場容積オーバーがおきるけど、かき揚げ天丼だと、それぞれの具材を細切れにできるので小さくパッケージングしやすい。

 

天ぷら定食経営

天丼とは違うけど、各種季節の天ぷらと本体である白飯を別で盛り付けることで、各事業は衣をつけてサックリと揚げて、本体の白飯が利益を集約するという構造。この場合、箸休めの漬物がわりとポイントになっていて、丼椀の市場規模を気にせずにアラカルトで天ぷらを追加できるし、追加注文をするごとに事業領域が拡大できる。ただ、追加しすぎると最初に頼んだ天ぷらが冷めてしまうので、追加注文する数と順番をどう選択と集中していくのかがカギ。

 

丼タレ(天つゆ)は企業のフィロソフィー

勘のいい人はわかると思うんすけど、この場合、丼タレが企業におけるフィロソフィーになると思います。どんな具材を天ぷらにしてさっくり揚げても、最後は丼タレの味や風味でまとめられる。丼タレがからまった天ぷらを白飯とともにかき込むときの幸せは顧客満足ですね。

天丼だとアラカルトもできるけど丼椀の市場規模が限られる、かき揚げ天丼だといろんな具材を細分化してパッケージングしやすいけどダイナミックさに欠ける、天ぷら定食は好きなだけ事業拡大できるけどオーダーするタイミングが難しい。でも、それぞれどうあがいたって丼タレ(天つゆ)の味、いわばフィロソフィーの中からは出られない、というか、どんなに頑張っても顧客は丼タレの味でしか企業イメージを見ていないって言う感じですね。

 

なんのまとまりもないですが、以上、朝の駄文です。

 

神社崇敬会のデザイン計画とスマート神棚に対する反応。

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このブログでは書いてないかもしれませんが、2年前から準備していた神社支援事業がいよいよ動き始めたので、いろいろと準備が忙しくなってきました。今後の紙モノやサイトやUIやパッケージデザインの指針となるステーショナリーのデザインを作ったので、ちょっと書きます。

じつは、本年4月10日に「一般社団法人神社崇敬会」を設立しまして、これまでナショナルデパートとして進めていた事業をすべて新法人に移管することで、神棚などのプロダクトだけでなく、ウエブサービスやファイナンス事業など、現代の神社が抱えている問題を解決する手段を提供しようと動いています。

設立時のプレスリリースはこちら

prtimes.jp

 

で、5月末には製品・サービスの第一弾として神棚プロダクトのデザインコンセプトを発表しました。目玉は通信機能を備えた神棚「スマート神棚コンセプト」の発表でしたが、6月に発売する新作神棚プロダクトの情報も併せて発表しました。

prtimes.jp

 

さまざまな多くのメディア様で記事にしていただいて、本当に嬉しかったのですが、MdNさまの記事のようにスマート神棚だけにフォーカスしてしまったものも多く、そこだけを見てしまった一部の方がいろいろな意見を書かれていますが、これはコンセプトの一例であって、これがすべてということではないんですが、プレス文をもとに記事を書かれるわけですから、切り貼りやフォーカスは仕方ないのかなあと思っています。

MdNさんに載っけてもらえたのは嬉しんですが、センセーショナルな部分だけを切り取られて、そこをいろいろな場所で叩かれるのはショックでした。

正しく伝えるということの難しさを実感した一件でしたね。

www.mdn.co.jp

 

冒頭の画像ですが、ステーショナリーのデザインを先に制作したのは、この事業、私一人でやっているので、なかなか計画的に進めるというのが大変なんですよね。で、悪いクセとしてデザインが途中でバラバラになってしまうというのが過去にもありまして、そういった事態を避けるためにも、中心となるデザインを先に作ったわけです。

ステーショナリーは文字も入りますし、ロゴなんかも入ります。またネット上だけで事業を進めていくわけではなく、実際にお会いして進めていくことも多い性質の仕事なので、まずは手に取ってもらうステーショナリーやパンフレットやノベルティのデザインを決めて、そこからWebサービス、サイト、UIに落とし込んでいこうかと考えています。

 

デザインの進捗

プロダクトについては、先にも書いた「スマート神棚コンセプト」や、その他すぐに使える神棚プロダクトなどを発表しました。

すべて意匠出願を済ませ、商標もあらたに2件出願、本事業に関する商標も2件登録することが出来ました。事業開始前に知財の費用だけで70万ほどかかってしまいましたが、アイデアが出た瞬間に出願して、半年後に登録査定が出たときにもう一度必要かどうか、有用かどうかを考えて取捨選択するようにしています。決して無駄ではないんですよね。

下にいろんなプロダクトを貼っておきます。インスタのムービーはスマート神棚のLED部分が人感センサーで反応して点滅するシミュレーションです。

 

 

Smart KAMIDANA #shintoshrine #kamidana #productdesign #product #smart #design #japaneseculture #japan

一般社団法人 神社崇敬会さん(@sukei_foundation)がシェアした投稿 -

 

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という感じで、少しずつですが仕事は進んでいます。

今月中の募集開始とさらなるリリースに向けて鋭意作業中です。

私の考えに同意の方も、秀島くだらねえモン作ってんじゃねえよ胡散臭えんだよ、という方も、今後のリリースをお楽しみにしていてください。

 

相手に合わせて商品を変えるか、商品に合わせて相手を変えるか。

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中の人(ヒデシマ)の汚いビジュアルをアップしてしまい申し訳ない。もっと綺麗な見た目に生まれたかったですね。

さて、今日は商品を作るときの考え方ですね。

よく言われるのが顧客層を見極めるとかニーズがあるかとかですが、マーケティングなんて成功例を見つけてきて後付けでもっともらしいことを言う作業なので、すべの商売がマーケティング通りにやったら世界中で似たような同じものしか売られていない退屈極まりない世界になっているでしょう。でも現実はそうじゃないというのは、マーケティングは実態の先にしかない。モノが先にあって需要が後に付いてくるというほうが理にかなっているのではないかと考えています。

 

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日本初?の知財テック「商標速報bot」スタートに今のうちに応援しとくといいことあるかもよというお話し。

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camp-fire.jp

知ってる人は知っている、知らない人は全く知らない商標速報botなんですが、新サービスを始めるにあたりクラウドファンディングで支援を募集されてます。今日が最終日なので援護射撃をしたいと思います。

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プライドとコンプレックスの攻撃力

私はコンプレックスというものがないんです。

客観的に見ると、外見はデブでハゲでどーしようもないオッサンなのですが、本人にとってみれば鏡を持ち歩いて見ているわけではないので、生きる上で外見のコンプレックスというのは感じないわけです。

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同じものを見てもプラスとマイナスどちらに捉えるかで人生の価値って決まるよね。

ということなんですが、

 

映画でも美術展でも、誰かと観に行くとそれぞれ観方や受け止め方や感想って違うと思うんですよね。それこそ十人十色。

勿体ないと思ってしまうので、じゅうぶんに楽しんだほうが良いと思うんですよ。ネガティブなことを考えたりするのって時間のムダだと思うし、他人のことをあれこれ考えるのも時間が勿体ない。自分のことや家族のことだけを考えるのでじゅうぶんだと思ってるタイプなんで。

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実印を押印するたびにビジネスは広がり、思い出はハンコに残る。

f:id:kocb:20170411102919j:plain新法人設立に際して新たに仕立てた実印

 

新法人設立のために新たに実印と銀行印を作りました。

住宅や車の購入なんかの個人の実印しか使われない方だとあまり馴染みがないかも分かりませんが、会社をやっていると業種によるかもしれませんが実印を使うことはけっこうあると思います。

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幸せが連鎖する生き方と、幸せの連鎖を止めてしまう生き方について。

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友達にプレゼントする「運気が上がりそうな財布」

 

最近ちょっと考えたんだけど、幸せという抽象的なもの(こと?)は人づてに運ばれていって、たくさんの幸せをどれだけ他人に運んであげたかが、その人の「幸せ」になっているんじゃないかと思うことがある。

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アドバイスしたがる人と良い経験を積んだ人の違い。

今日は遠方からの客人と良い話ができて前向きになれた一方、その後の打ち合わせでアドバイスしたがる人との不毛な言い争いで激しく疲れた。結果的にアドバイスしたがる人と距離を置くことが出来たので、本当に良かったと思っている。ここ数日、その件でストレスが溜まり体調が悪くなっていたので、運良く心の健康を保つことが出来たのは、ほんとうに感謝しかない。

 

 

私は学もなく、よく頭をぶつけたりするので、色々な人が私に対してアドバイスをしたがるようだ。

「もっと良いやり方があるんじゃないか。」

「これは問題があるんじゃないか。」

「あなたのプランは理解できない。」

そう言われた時、私はいつもこう返す。

「じゃあ具体的にどうすればいいんですか?」

いままで私のこの問いに答えられた人はいない。ここ数年はとくに私にアドバイスしたがる人が増えた気がする。気持ちはありがたいんだけど、そういう人たちは私の言葉に耳を傾けない。人の話を聞かず延々と自分の中の納得できない点について意見を投げかけ続ける。一を見ただけで十を知ったような感じで私にアドバイスしようとする。そして皆一様に私の質問には答えない。

 

アドバイスしたがる人は、なぜか危険を煽ったり、最悪のシナリオばかりを一方的に投げかけ続ける。でも、どうやったら上手くいくか、どうすれば問題が解決できるか、どうすれば目的を達成できるかという具体的な方策は決して話そうとしない。他人のネガティヴチェックは得意だが、当事者としての問題解決のソリューションの提供は不得意なようだ。

 

アドバイスしたがる人は不安を煽って相手を掌握してコントロールしようとする。これはいままで会った人たちの共通点だ。あそこは場所が悪い、今のやり方は上手くいかない、このままだと勿体無い、このままではあなたは権力に消される。さまざまな言葉で不安を煽る。しかし、その煽りまくる不安の根拠を聞いても絶対に答えない。なぜならアドバイスしたがる人は相手を良い結果に導くのではなく、不安を煽ってコントロールしようとしているだけだからだ。

 

アドバイスしたがる人は、けっして私の質問には答えようとしない。どこかで聞いてきた話や、どこかで見た他人の事例を私に話し、自分は世の中を知ってるんだ、自分はすべての事象の理解してるんだ、自分は無知で無学なあなたのためを思って指摘しているんだと振る舞う。しかしアドバイスしたがる人は自分がアドバイスしている内容について経験がほとんどなかったりする。でも経験がない事をさも経験があるかのようにアドバイスしようとする。しかし私の質問には答えられない。なぜならアドバイスしたがる人の多くが自分一人で自分の名前で仕事をしてお金を稼いだ経験が無いからだ。

 

アドバイスしたがる人は他人の間違いを見つけるのが上手い。他人の間違いの指摘は無限にできる。しかし逆に指摘されると突然逆上する。血眼になって他人の間違いを粗探しし、それを指摘して上位に立とうとする。しかしその間違いをどう正せばミッションを達成できるかは言わない。言わないというよりも、アドバイスしたがる人は間違いを指摘できるが正解を自分の言葉で説明することができない。というか正解を知らない。

 

困難に打ち勝つ、難題を解決するというのは、ペーパーテストとは違う。ときには断腸の思いで負けを認めて身を引くこともある。数えきれないさまざまな失敗と、ほんの少しの成果の積み重ねの中で、頭を打ちながら失敗のたびに座学の必要を感じ、ほんの少しの成功の中で経験を積み重ね、自分の中だけの解を重ねながら社会で生きていく方法を学んでいく。

 

この数年でさまざまなアドバイスしたがる人に出会ってきた。そして、私はそんなアドバイスしたがる人の全員と距離を置いてきた。というよりも、アドバイスしたがる人は向こうから私に近づいてきて、私を不安で煽りコントロールできないと分かると自ら私の元を去っていく。

アドバイスしたがる人の末路はいつも不幸だ。なぜなら他人へのアドバイスはできても、他人に不安を煽ることはできても、自分の人生の解決策を見出すことが出来ないからだ。

良い経験を積んだ人

良い経験を積んだ人はアドバイスをしたがらない。良い経験を積んだ人は質問があるまで答えることはない。しかし質問を受けた時は的確な答えに導いてくれる。良い経験を積んだ人は人の話をよく聞く。良い経験を積んだ人は、自分が正しく理解していないことに対して意見したりしない。聞きかじりで自論を押し付けることがどれほど相手を侮辱することになるのか、良い経験を積んだ人は過去の自分の経験から学んでいる。

 

アドバイスしたがる人と良い経験を積んだ人の違いは何か。

アドバイスしたがる人は他人の役に立とうとする。良い経験を積んだ人は結果的に他人の役に立っている。

アドバイスしたがる人は自分の持ち場以外に意見しようとする。良い経験を積んだ人は自分の持ち場でより良い結果を出しそれが他人の幸せにつながっている。

アドバイスしたがる人は出来ない理由を並べる。良い経験を積んだ人はどうすればより良い結果に結びつくか考える。

アドバイスしたがる人は根拠のない不安を煽る。良い経験を積んだ人は不安を取り除く方法を考えて示す。

アドバイスしたがる人は今ここにいない誰がどう思うかを代弁しようとする。良い経験を積んだ人は今ここにいる自分の考えを自分の言葉で話す。

アドバイスしたがる人は自分の仕事をまっとうだきないのに他人の仕事に口を出す。良い経験を積んだ人は自分の仕事をまっとうして他人の仕事に口を挟まない。

アドバイスしたがる人は自分が正しいということを分からせようとする時間が人の邪魔をしていることに気がつかない。良い経験を積んだ人は人の邪魔にならないことが一番の協力だということを経験から学んでいる。

そしてなによりの違いは、アドバイスしたがる人は心が不健康で、良い経験を積んだ人は心が健康だ。そして良い経験を積んだ人は幸せだ。

 

ここ数年は本当に力になってくれる人だけが残り、邪魔する人や時間を奪う人は勝手に去っていく。ネガティヴなことばかり言う人が周囲にいると健全な心も病んでしまう。実際、ここ数日ストレスが強くて体調を崩していた。自分の周囲5mに誰がいるか、それが自分の人生を決める。もしあなたの周りにアドバイスしたがる人がいたら、距離を置くことをお勧めする。

 

(追記)

アドバイスしたがる人についてさんざん書いた最後に「お勧めする」とかアドバイスしちやってるのがなんともですね。

失礼しました。

 

44歳になりました。

運転免許の更新があって一時戻っていた岡山で誕生日を迎えました。半年ぶりに戻ったので、普段会えないスタッフとご飯を食べに行ったり、散歩をしたり、顔を出す場所を巡ったりしていたらあっというまに四日が過ぎていました。(スタッフと別れるのが寂しくて途中延泊したんスけどね)

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