アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

自由でいられるためのパン

ライ麦酵母のパンたち

たまにはパンの写真。

ライ麦酵母のパンが焼き上がったので、なんとなくパンの話でも書いてみようかな。とはいえ「毎日作業場に行くと、朝日がキラキラとしていて、パン職人になってよかったと思う」とか教科書通りのことは書かないけどね。。。

前のブログでも書いたかな。僕はナショナルデパートでいうトラディショネルと、ラントブロートぐらいしかパンの製法を教わっていない。それももう15年も前の話で、お店で修行したとかそういうわけでもなく、教わった師匠も不法滞在で逃げ回るような不良外人だったし、パン焼きが本業ではなく、なにやら怪しげな売人みたいなことをして生計を立てている人だった。

僕はその頃パンにまったく興味が無くって、夜の街で知り合った師匠とつるんで遊ぶようになってから、徐々にパンのこととかを教わるようになったぐらいだ。師匠が住み着いていた部屋には小さなガスオーブンがあって、たまに遊びにいくと妙なパンを焼いていて、同じような不良外人たちが部屋に来てはパンを受け取って帰っていった。その当時は紀伊国屋とかに行かないと各国のパンは買えなかったけど、それでも日本で買えないパンとかも多かった気がする。

あんまりパンのことは教えてもらわなかったけど、どうして人はパンを焼くのかとか、どうしてパンは膨らむのかとか、人にとってパンはどういう存在なのか、そういうことは教わった。それに師匠は自由でいることをとても大切にしていたから、僕にパン焼きを無理に教えて手伝わそうともしなかった。さすが自称フランス人だけのことはある。

「自由でいるためには、他人の自由も認めなければいけないんだよ」

まあ、そんな言葉が影響してか、今では僕も立派な自由人間になってしまったわけだ。師匠がいなくなって僕は職を転々としたり、大学に行ってみたりしながら自分の道を探していたわけだけど、なんだかんだでパンに関わるような道をセレクトした。なんだかパンを焼くことが自由でいられることと”かぶって”見えたのかも知れないな。で、奔放な発想は僕の持ち味なので、フルに生かして四季のカンパーニュなんかを創り出したりした。

メディアに取り上げられるたびに、

「おまえの焼いてるのはパンじゃない」

とか同業の方からお叱りのメッセージをもらったのも、今では懐かしい思い出だ。なにもみんなが焼いているパンを揃って焼く必要があるのかな、教科書に載っていないパンを焼くからプロなんだ!と思っていたけど、教科書通りに焼くのもプロの仕事なんだなあ。なんて最近では思ったりする。それぞれに事情というものがあるのだろう。

製パン製菓の見本市「モバックショウ」にいくと、有名ブーランジェ達のレクチャーを受けてる街のパン屋さんが大勢いたりするのを見る。最初は疑問に思っていたけど、リテール(個人店)は毎日売り上げとの格闘に疲弊していて、新しい情報やレシピを得る機会も少ないのだろうなあ。と、後になって納得した。手っ取り早く流行のパンとか売れるパンを知りたいのだ。みんながみんな新しいものを創りだすことに楽しさを見出しているわけではなく、毎日キチッと売上げを出すことの方が大切なのも大人の事情だ。

誰もが自由に生きられないことは、大人になるにつれて分かってきたが、自由でいたいと思わなければ誰も自由になんてなれない気がする。事実、制約があった方が仕事がやりやすい場合もあるし、制約を受ける代わりになんらかの保証がされる場合もある。でも、パンがお金を得るための手段だけって言うのもなんか寂しい。講習会で流行のパンを習って焼いたり、コンサルタントの言うがままに店のスタイルを変えたりっていうのも、まあ、大人の事情たっぷりのコトコト煮込んだスープみたいなものか。

師匠が言っていた言葉で、いまでも僕がパン焼きで大切にしていることがある。何度も言ってるし、絵本の裏にも英語で書いてあるからみんなも知っていると思う。パンのおいしさっていろいろあるが、僕はこれが一番の美味しい理由だと思っている。

「コウスケ、誰かと分け合うからパンはおいしいんだよ」

いや、にくいねえ。今どこの国にいるか知らないけど、きっちりやってますよ、はい。