アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

僕が考えたカンパーニュを焼く喜びに目覚めるなんて、あいつはかわいそうな男だよ。

ほんとにかわいそうだ。だって、あいつには子供が二人もいるんだ。しかも男手一人で育ててて、運の悪いことに下の子はまだ保育園だ。熱は出るだろうし、ぐずるだろうし、そりゃあ大変だろうな。でも、あいつは目覚めちまったんだ。しょうがねえなまったく。でも僕は昨日あいつに辞めてもらおうと思ったんだ。朝まで眠れずに考えたんだ。子供を二人一人で世話してウチでパンを焼くなんて無理だと思ったんだ。

でも、あいつは誰よりも上手くパンを焼くんだ。驚きだね。まだ入社して2ヶ月だぜ。僕が7年かけてゼロから作り上げたカンパーニュの新製法をあいつはすぐに覚えて、しかも僕より上手く焼くんだ。頭がおかしいんじゃねえの?俺はもたないとおもったから辞めさせようとしたんだ。これ以上売り上げを下げるわけにもいかないしな。でも、やる気満々なんだもん。嫌なヤツだな。おまえの給料は高いんだよ。上場企業と同じ給料をパン屋が出せるか?足りなかったらバイトに行くしかねえな。まったく。

上手く焼けたパンを両手で大事そうに持ってさ、「ここの粉の残り具合がかっこいい!」なんてつぶやいて、おまえは俺か!どこまでも僕みたいになっちまって、知らねえぞ。俺は肩が外れても骨がゆがんだってパンを焼き続けたんだ。そのパンはな、7年間赤字でも焼き続けたんだ。狂ってるだろ?ワイフの貯金を使っても、母親の老後の蓄えを使っても、引退してたホームページ制作に復帰して僕が稼いだ大金も全部つぎ込んだんだ。

儲からないのにってバカにされたけど、何だか分からないけど、これだけは止めちゃいけないってみんな信じてやり続けたんだ。金は無くなったけど、そのかわり最近分かったんだ。何を残すかって、そりゃあ、人を残すっていうことなんだな。おまえの目を見てると、希望しか見えないよ。まったく、嫌になるよ。

僕が考えたカンパーニュを焼く喜びに目覚めるなんて、あいつはかわいそうな男だよ。楽しくってしょうがねえぞ。銀座三越のときも誰も乗り越えられなかったキツ~イ製造量もこなしたんだから。のめり込むんだろうなあ。僕みたいに毎日パンのことばかり考えるようになるんだぜ。かわいそうだな~。ウチのカンパーニュに惚れ込むなんて、僕の次にバカな男だ。おまえは。

でも、負けないぜ。一番バカな男はこの僕だ。

それはゆずらない。