アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

8年前、僕は日本のDEAN&DELUCAや、HARVEY NICHOLSや、La Grande ?picerie de Parisを作ろうと思った。

思い出すといろいろあったなあと。

今日はDEAN&DELUCA品川店で四季のカンパーニュの販売会があります。振り返ってみれば4年前、初めての東京販売会の空いた時間にワイフと一緒にDEAN&DELUCAに行き「ここで販売会ができたらいいね」と言っていたんだよな。なんて。もっと遡るとナショナルデパートというコンセプトが生まれたきっかけもDEAN&DELUCAの日本進出だったんだよな。

DEAN&DELUCAは扱う商品や個々のブランドだけではなく、売っている場所そのものがブランドになるという当時の日本では画期的なブランディングだった。○○を買いに○○へ行く、から、単にDEAN&DELUCAに行くことが目的になる。そういう食のセレクトショップで、しかもデザインが統一されていて、味や価格だけが求められるのではなく、そこに演出やスタイルやデザインが練りこまれている。スノッブからスタイリッシュへ変化する高級食料品店の見事なブランディングだった。日本に進出する前から本などで見知ったそのブランドは、当時デザイナーみたいなことをしていた僕にとって大きな憧れであり、また、いつかは自分もこういうブランドを作りたいと思う気持ちを起こさせるきっかけでもあった。

もう一つの僕の憧れとしてロンドンのスタイリッシュなデパート HARVEY NICHOLS があった。特にオリジナルデザインのプライベートブランドのフードラインナップは当時の僕の心を大きく震わせた。食品のパッケージにこんなにもメッセージを込めることができるのか、と感動させられた。パッケージは中身の商品の情報を伝えるだけではなく、ブランドの哲学を示すためのカンバスでもあるのだと感じさせられた。これはDEAN&DELUCAとは異なるディレクションだった。

最後はLe Bon March?の食料品館La Grande ?picerie de Paris

これはもう好きすぎて今までの人生の中で唯一デザインを丸パクリしたことのあるブランド。Le Bon March?のCIリニューアルに合わせて整備された食料品売場なんだけど、写真で見る内装、デザインの潔さ、全てが憧れの対象だった。日本のデパ地下は売上では世界一の規模かもしれない、でも、かっこよさではLa Grande ?picerie de Parisの足元にも及ばない。パリってすげえなあ、NYでもロンドンでもない、なんかこう、ミニマルなんだけど、抑えた華やかさが隠せない感じがかっこよかった。

日本のデパートはいわばテナント型といわれる、売上が見込めそうなテナントを集めて商売をさせてカスリを得る、いわばテナント業みたいなもの。ヨーロッパのデパートもテナントを擁してビジネスを展開するけど、日本とは違う自主企画型といって、自社ブランドやPB商品を作って、ICのリニューアルを成功させたり、ブランド・アイデンティティを確立させている。過去にはブランドの地位が失墜したものもあるけど、2000年を前に主だったデパートはデザインの力で復権を果たしている。

デザイン性の高いPB商品でブランディングに成功したデパート・グロッサリー

1977 DEAN&DELUCA(New York)

1988 La Grande ?picerie de Paris [Le Bon March?](Paris)

1992 HARVEY NICHOLS(London)

1995 AHLENS(Stockholm)

僕は8年前、日本のDEAN&DELUCAやHARVEY NICHOLSやLa Grande ?picerie de Parisを作りたいと思った。憧れが強すぎて三つのブランドの真似をしてロゴをエンボス押しにしたシルバーのギフトボックスを作ってみたり、写真が印刷されたペーパーバッグを作ったりもした。二つのお店への憧れがナショナルデパートをこの世に誕生させた。憧れは今でも心に抱いている。

オリジナルデザインのPBプロダクトだけのデパート。それが僕の夢見た世界だった。DEAN&DELUCAの店作りや、HARVEY NICHOLSのパッケージデザインに憧れながら、La Grande ?picerie de Parisのロゴマークをパクったりしたけど、僕は独創的な商品という要素をそこに加えたかった。全てがオリジナルで独創的、他にあるものは作らない。ブランド輸入国のこの場所で新しいブランド作りの挑戦をしてみたかった。8年前にDEAN&DELUCAが日本に進出するという話を聞いたとき、僕は思いをかたちにしようと決心した。

僕は29歳でナショナルデパートを立ち上げた。30歳になったとき僕は一生を費やしてもいいと思える仕事をしたいと思っていたからだ。ブランドは一代では築けないかもしれない。でも、それだけ途方も無いスパンだからこそ、一生を捧げてもいいのかなあなんて単純に思っていた。そしてそれから7年が経ち、8年目の僕は少しずつかたちになりつつあるナショナルデパートの姿を見て不思議な感覚になることがある。銀座のデパートでの販売も、女王製菓がテレビで取り上げられるのも、叶わない夢だと思っていた。そして今回の販売会のお話しも。

実は今回DEAN&DELUCAからパンの卸のお話しをいただいて、ギリギリまで断ろうかと悩んでいた。僕はパンを卸すだけの業者になりたくて今まで店を続けてきたわけではない。僕は日本発の新しいブランドを作りたかったんだと。ただ、ナショナルデパートというブランドとパッケージを尊重していただけるということだったので僕は決心した。やるからにはお互いのブランドを高め合うためには全てを投げ出すのだと思う。

先方の社長さんがこのエントリーを読んで「なんだよ生意気な!」とか思われるかもしれない。仕事の話も無くなってしまうかもしれない。同じようなものを作られるかもしれない。でも、敢えてこのエントリーを書いたのは、DEAN&DELUCAやHARVEY NICHOLSやLa Grande ?picerie de Parisが無ければ、僕がこうやって人生を賭けてまで一つのことに取り組むことなどありえなかったから。自分のブランドと同じように、それが生まれたきっかけになったブランドのことを愛しているから。僕は有名店にパンを卸すためにお店を作ったのではない。僕は海外ブランドに対抗できる唯一の国産食品ブランドを作ろうとしたんだから。

もうずっと経営は大変だけど、でも、それでも続けていられるのは、ブランドを育てるという魅力に取り憑かれたからなんだろうなあ。お金も無いし人員も少ないけど希望だけがある。それがゼロから始めたナショナルデパートの8年目の今だ。