アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

ノイローゼな食品たち

さっきお店から電話が入った。困ったような声でゆきちゃんが「ラントブロートのライ麦は国産ですか?どこの国のものですか?」と質問してきた。僕は「ドイツ産だよ」と答えたんだが、どうして産地を聞いたのかと質問すると「残留農薬にアレルギーがある」とのことだった。まあ、気持は分からないでも無いが、一部の過激な自然食業者を除いて国産の小麦・ライ麦の農薬使用量の正しい数値が公表されていないということはこの際後回しにしておこう。

国産のライ麦は残留農薬の心配が無くて安全で、輸入のライ麦は残留農薬たっぷりで、外人たちは日本人を皆殺しにしようとガスマスクをつけてスターバックスのトッピングのように農薬を撒き散らしていると思っているらしい。まあ、輸入する場合は害虫の駆除のために何らかの薬品は使用されるわけだが。それが国産の小麦・ライ麦の栽培時に使用される農薬の量と適正に比較された事は無い。いまの時代、草木染めが趣味でECOのためなら他人が死んでもいいという化学薬品を親の仇のように憎むおばさんというのはある程度の人数いる。それが悪いとは言わない。そういう生き方もある。

どうしてライ麦がドイツ産なのかといえば、価格が安くて品質が安定しているからだ。数年前に起った国産小麦ブームだが、人気品種「はるゆたか」のほとんどが倒伏して収穫が激減しているのにも関わらず「はるゆたか」ブランドの小麦粉は大量に流通した。収穫量をはるかに超える量の「はるゆたか」が日本中の家庭やパン屋で使われたのだ。しかし中身は「ホクシン」や「ホロシリ」品種の小麦であり、作柄が悪く麩量の少ないために「ホクシン」から抽出してグルテンを添加して無理矢理に強力粉として製品化した。配合率が一番低い「はるゆたか」がそのまま製品名となっているのには驚いたが、翌年から「はるゆたかブレンド」と名前を変えて再製品化していた。その年のはるゆたかの作付けは国内の需要を満たすにはほど遠い量だった。それに、使用農薬の厳密な公表はされなかった。外国産の農畜産物には漠然とした不安感があるが、国産にはちょっと調べれば出てくるウソがある。そういうことを誰も言わない。

一部に国産のライ麦も流通しているが、値段だけが高いばかりで味はひどいものだ。これは国産信奉者向けの商品であって一般に流通するほど作付けも多くない。それに日本の国土自体が小麦やライ麦の栽培に適正でないわけだから、品種の改良や様々な薬品・農薬を使用しないとまともに育たない。国産であるということは、麦を石臼で挽いたりヨーロッパから輸入した石窯でパンを焼くような一種の札付けでしかないわけだ。

「外国産」という物には二つの意味がある、ひとつは憧れの舶来品という意味で、もう一つは得体の知れない危険な農畜産物という意味だ。

フランスの菓子ブランドやショコラティエが日本国内に出店すると、それは憧れのヨーロッパの雰囲気を味わせてくれるものであり、アメリカのコーヒーチェーンが進出すると、自分が醜いアジア人であることを忘れさせてくれる。しかしメキシコ産の牛肉やブラジル産の鶏肉、オーストラリア・カナダ産の小麦は危険になってしまう。海外から来るブランドは天使だが、輸入される農畜産物は悪魔の手先となるわけだ。

ミートホープやウナギの産地偽装なども、発端は国産信奉者がいるという前提で取り仕切られていたわけだし、消費者が目で見て味わって国産か否か分かれば問題が無いわけだが、スーパーでパック売りされているものに慣れてしまった私たちに、そのような能力は残っていない。利便性の高い生活の中で、食べる物を自分で見極める能力が奪われてしまったわけだ。

国産と外国産というものに対する日本人の考え方は「ブランド」そのものだと思う。簡単に言えば、高級食料品店のDEAN&DELUCAに行って「高い」とわめくのが日本人の正しい姿なのだと思う。ジャムに2000円は払えないがロゴマークのプリントされた1400円のトートバッグなら買うわけだ。外国ブランドは価格をブレイクスルーしやすい。スターバックスの店舗数は900弱、これは業界1位のドトールの1100店舗に迫る数字だ。あきらかに価格帯の違う両店が店舗数で拮抗している。

外国ブランドがオシャレであり、少々美味しくなくても、それを美味しいと信じる心が自分を次のステージへと運んでくれる幸福の黒船なわけだ。一方国内ブランドは低価格で安心・安全でしかも美味しくなくてはならない。これでは最初から立つ場所が違ってくる。これは農畜産物についても言える。国産黒毛和牛もウナギの蒲焼きも牛乳も小麦粉も安全で安くなくてはいけない。だからウソが出てくる。値段については感じ方だが、そもそもそれは流通の問題であって、では、中間業者がマージン無しでボランティアで黒毛和牛を販売するのかといえば、それは今後もあり得ないわけだ。だからウソが出てくる。

好調な外食企業はいわゆる「ブラック」と呼ばれる事が多い。一品数百円の商品で数十億円の利益を出さなければいけないわけだから、他の業種に比べて労働集約的になる外食産業は、人使いが荒いということになってしまう。製パン製菓業界もそうなわけだが、労働生産性が低いことによって安価な商品が提供できるわけだから、これも今後変わる気配はない。でも、日本の食品・飲食業界は、一時のアメリカのアパレルのように密入国のヒスパニックに暴力をふるい日常的に暴行しながら監禁してポロシャツを安価に製造するような、そういう状況までは至っていない。どちらかと言えば、国内の食品・飲食従事者は徳川時代の農民のようだ。生きぬよう、死なぬよう、にだ。

一時話題になった大手フライドチキンチェーンの鶏舎での粗暴な振る舞いも忘れ去られているだろうが、ああやって虐待を受けた鶏肉が流通するように、食品業界従事者、ことに現場での作業を担う人たちも暴力の無い静かな虐待を受けている。この国では食べる消費者も、提供する事業者も何らかのノイローゼを患っている。ノイローゼの後は、静かに脳が死んでいくだけだ。