アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

泥臭い話

まあ、すでに絶対評価でウチが浮き上がることなんてないよね。ということです。お客さんに店を見つけてもらって評判になって、メディアの露出が増えてさらにお客さんが増えて、行列ができて、、、ということは今後もなさそうです。じゃあ、夢も希望もないじゃない。ということになりますが、絶対評価では無理というだけで、相対評価ではまだ希望が残っているということです。ようは、同じステージで他のお店に売上で勝てばいいわけです。

最近はいろんなところからお話しをいただくようになって、今まで知らなかった情報や内情なども知る機会が増えてきました。なるほどと膝を叩くような機会も増えてきた気がします。大きくなっているところ、最初から資金が潤沢にあるようなところでも、日々熾烈な争いを繰り広げているわけです。前にもブログで書いたかもしれないけど、安全な場所にいてウマくいく事なんてありえないわけです。

東京でいろんな人に会って最前線の情報に触れた後、岡山でいろんな人に会って話したとき、その差にひどく驚く事があります。ああ、これだけ違うのかと。地方は絶対評価ですべてが動いていて、東京は相対評価で判断が下されるわけです。良い悪いということではなくて、そういうふうに僕には見えたんですね。以前から岡山で会う人ごとに「大阪や東京に出ないのか?」と聞いています。これは東京や大阪が良いという意味で言っているのではなくて、競争の激しい場所で試さないのかい?という意味です。

相対評価は勝ち負けがはっきりします。みんなが勝てるわけではありません。相対評価を嫌う人には2パターンあります。ひとつはそもそも競争に興味が無い人、もうひとつは負けて恥をかきたくない人。僕はずっと前者でした。でも、最近分かったことがあります。自分の価値観でものを作っていても、評価されなくては意味をなさないという単純なものです。これは東京に出店して分かった重要なことのひとつです。

大資本で場を荒らす企業に恨み言を言っているだけでは、どの業界もどうにもならん状況になってきています。ただ、岡山にいると恨み言ばかりが聞こえてきます。ああ、これが地方の出口の無い状況の原因の一つなのかなと僕は思いました。競争を避けた環境下では閉塞感しか残らないのかも知れません。誰かが勝負を仕掛けると、誰もがそれを悪く言います。面白いなあ、と僕が思っていたビジネスを僕以外の人が悪意のある言葉で誹るのを見ていると、さみしいですが、これがこの街の現実なのだと受け入れました。

話は戻ります。

東京に出店して1年半、高円寺のお店は行列店にはなっていませんが、全国のデパートから催事のお話しがいただけるようになりました。7年間焼き続けた四季のカンパーニュも、1歩外に出れば有名なロールケーキやバウムクーヘンと競争になります。もちろん有名パン屋さんとも競争です。泥臭いですが、自分がやっていることの正当な評価は、同じ土俵に立った他者との競争でしか無いような気がするのです。

資金が底をついたり、体を痛めたり、いろいろと困難はありますが、東京に出店して全国のいろんな場所で競争の場に立たせてもらう事ができたのは、ものすごく幸運な事だと思っています。自分が正しいと思っていたり、自分が最高だと思っていることを、自己満足から1歩先へと進めてくれるのは泥臭い競争なのかもしれません。岡山のパン屋でここまでお金が無い店もウチ以外に無いでしょうが、ここまで短期間で大きなチャンスを手に入れたパン屋も、また無いのだと最近は思っています。

でも、この先、泥臭い熾烈な競争を続けていかなければいけないわけです。自分が良いと思ったものを他人にも良いと思ってもらうには、もの作りの腕力の他に、自分よりも大きなところに売上で勝っていく腕力が必要なのだなあと気付いたわけです。東京と岡山の両方に立つ身として、競争のある環境で勝ったところはレベルが上がりさらに強くなり、競争の無い環境で自己満足で仕事をすればレベルは低いままでさらに弱くなる。そういう単純なことにいまさら気付いたわけです。どちらが良いとか悪いとか、そういうことではなくて、ああ、そういうことだったのかと個人的に気付いたわけです。