アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

アイデアのスープ

今から約40億年前、地球誕生から約6億年後の海の中で地球上での最初の生命が誕生したと言われている。原始の大気中の成分であるメタン、アンモニア、二酸化炭素などの無機物に、太陽光や放射線、紫外線などのエネルギーが加わることによって生命の素材であるアミノ酸や炭水化物などの有機物(生命物質)が合成され海に溶け込んだ状態を私たちは原始スープと呼んでいる。原始スープの海中で生まれた様々な海洋生物は5億4500万年前からはじまるカンブリア紀に生物は爆発的な多様化をみせるようになり、現在の生命種の多様化につながっているとされる。

すべての生命の始まりは有機物の混ざり合った生命のスープだった。

僕の頭の中には毎日秒単位で様々な情報がインプットされていく。本を読んだりして知識を得るだけではなく、街を歩いているときに見る看板や建築や道行く人の会話の断片、ルーマニアンレースのパターンや、キヌカサ茸を白湯で煮込んだ料理の濃厚な中華の味、繁華街の下品な看板や、夜の街で痴話喧嘩する女の破れたストッキングの歪んだ薔薇の刺繍など。すべてが情報となって僕の頭の中に溜まっていく。直接仕事とは関係ない情報が大量に無意味に僕の中に溶け込んでいく。僕はそれらの無意味な断片を整理することもしないし、あとで使えそうだからと無理に覚えておこうとはしない。それらはごった煮の状態で僕の頭の中に溶け込んでいて、必要な場合は仕事の中でアイデアとなってアウトプットされる。

僕は情報の溶け込んだ脳の濃厚な状態を「アイデアのスープ」と呼んでいる。

原始大気の有機物が雨によって海中に溶け込んだように、僕の包むすべての情報が視覚や聴覚や味覚や触覚によって僕の頭の中の大鍋で煮込まれるスープの中に溶け込んでいく。それらの情報のエキスがアイデアとなったときには形になる9割までは出来上がっていて、あとはアイデアのスープの中でおぼろげに形作られたイメージに製品の精度を近づけていくだけだ。たくさんの情報が染み込んだアイデアの素材は複雑なレシピで製品へと形作られる。

この世に様々なものが生まれるのは、アイデアがどういった回路を経過してアウトプットされるかの違いが創意の個性となって世の中に生み出されるに過ぎないと考えている。誰かが作ったものを見てアイデアを模倣する人もいるだろうし、売れているものを見てその商品そのものを模倣する場合もあるだろうと思う。人類の歴史が始まって長い期間が経過し、21世紀のこの世でゼロから新しいものなど生まれないのだとみんなが言うのも否定しない。僕のいる食品業界は創造性のかけらもない世界だ。みんな常に誰かのアイデアを模倣しようと躍起になている。食品業界は参入の障壁が低いためにプレーヤーの質も低い。まあ、それも否定はしない。そういう業界に僕がたまたま入っていっただけだ。

利益を上げるためだけに作られた製品の末路はいつも悲しい。製品が利益を生まなければ店頭から消え製造ラインは次の製品の仕様に切り替えられ、その製品は命を絶たれてしまう。軽薄な動機で作られた製品はブラックスワンを狙って毎日どこかで生み出される。今日もどこかで新しいものが生まれ、そして明日もどこかで売れない製品の命が消えて行く。

僕は参考にする対象を必要としないし、後に続こうと思う人物も存在しない。ただ、リスペクトしている人たちはいる。でも僕はリスペクトする人たちの後を追おうとは思わないし、同じようなことをしたいとは思わない。僕は僕の頭の中のアイデアのスープの中で煮込まれた濃厚な情報を抽出することに支配されている。アイデアは突然出てくるわけではない、常に外部からの刺激を受け続け時代の移り変わりを感じながら、濃厚な情報で満たされた鍋の中で煮える「アイデアのスープ」の表面の機微に反応し続けている。新しいものを生み出し続けそれを世の中に問い結果に一喜一憂しながら僕のアイデアのスープは煮詰まってより濃厚な情報の坩堝になる。でも、泣いたり笑ったりの僕の人生も、この人の世の社会のスープで弾ける泡のようなものでしかない。