アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

あれからのこと。継続と維持の違い。

あれから三週間、みんなそれぞれの思いの中で過ごしてきたんだと思う。僕も先週はいろいろな人と会い、様々の立場に立つ人たちの言葉に耳を傾けてみて、その中で僕なりに思ったことがあったので少し書いておきます。

あの瞬間以後、深刻な被災地以外の人でもおそらく自分を取り巻く状況が全く変わっていない人って極少数なのではないかと思っている。それぞれに多少なりとも影響があったのではないか。そして、みんなあの瞬間以前の生活をどうやって取り戻していくかに神経を使っているかもしれない。仕事で事業所等が被災した場合どうやってあの瞬間以前の状態に戻せばいいのか考え、取引先が影響を受けた場合どうやってあの瞬間以前の取引額を取り戻せばいいのか。そういった身近な話に悩んでいる人も多いと思う。

で、主に東京でいろいろな人と話していて、深刻な被災を受けていない状況下で仕事や経営について大きく二つのタイプの考え方が見えてきたのでそこについて。

ひとつは「継続」について考えている人。あの瞬間以前にやっていた仕事や大きな方向性について、そのまま続けるべきなのか少し路線変更して続けていくべきなのかを思案している人。

もうひとつは「維持」について考える人。あの瞬間以前の自分の状態と比べて今の状態がどれだけ失われているかを嘆いていたり、売上の起因が立地などの不可避な要素で成り立っている場合にそれによってどのように影響を受けたかを悩んでいる人。

Twitterでちょっと書いたのを引用します。自分が書いたヤツだけど。

持っているものを失うのは悲しいけど、手に入れるまではもともと無かったんだからと考えたら別にそんなに悲しくはない。儲からなくなったら、他の儲かることをすれば良いと思うし、みんな自分で選んで今の仕事をしているのだから、状況が変わったらまた選び直せば良いだけなのだと思ったりする。

どんな状況下でも、打つ手がある人の未来は明るくて、打つ手の無い人の未来は暗い。

「継続」について思案している人の多くは状況が変わってもそれに対してどのように対処していけば良いのかを考えている。一方「維持」について思案している人は変わった状況に対して文句を言うばかりでおそらく自身の打つ手が無くただ悲観している。この場合の「継続」の立場の人も「維持」の立場の人も、深刻に被災されている人から比べれば全くと言っていいほど被害は受けていない。僕の周囲では実際に会って話をした人やTwitterで見ている人も含めて九割がたが「継続」について考えていたように見えたんだけど、残りの1割はやたらと悲観して文句を言っている「維持」を考えている人がいる。

まあ、性格や立場というものもあるだろうから、一概にどちらが良いとは言わないけど、みんなはどっちだったでしょうか。あれからのことについて考えていて、継続と維持の違いについてちょっと感じたので書いてみました。