アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

連続小説「美しいライ麦パンを焼くために」

というわけでライ麦パンについて。

僕はちゃんと修行したことというのが無くて、製法についてもパンの原理についても誰かから習ったことがない。じゃあパンを焼くきっかけは?と雑誌とかの取材で聞かれるんだけど、それについては一応説明するんだけど記事には書けないシリアスな内容なので表に出たことはない。で、僕が唯一他人と一緒に焼いたことのあるパンというのがいわゆるドイツパンというのもで、教えてもらった内容といえば、粉を水と一緒に捏ねて放っておけばパンになるよ、とかいう非常にアバウトなものだった。あと教えてもらったことといえばスペイン人ダンサーの口説き方とかね。

パンがどうして膨らむのかとかどうして酸味が出るのか、そういう知識を得るのに他人から教えてもらうのが嫌いだったために、自分で仮説を立てながらトライアンドエラーを繰り返して8年間少しずつ分かってきたことがある。で、最近理由あってパンの技術本を読むことがあって、その時に自分が時間をかけて解明してきたパンの秘密がそんなに間違っていなかったということが判明したりした。そして、決して本には書かれない秘密めいたものにも触れることが出来た。これは僕にしかない財産なのだと思う。

で、またまた理由あってライ麦酵母(サワー種)をおこすという作業を簡素化する研究をしているので、いい機会だからみんなにもブログで紹介していければと思ったわけです。まずは下の写真を見てください。

珍しく実験。中上から時計回りに、①いつも使用しているサワー種を継いだもの、②ライ麦粉と水を混ぜた物、③ライ麦粉と酵母菌と植物性乳酸菌(ラブレ)を混ぜ合わせた物。

中上から時計回りに、①いつも使用しているサワー種を継いだもの、右下②ライ麦粉と水を混ぜた物、左下③ライ麦粉と酵母菌と植物性乳酸菌(ラブレ)を混ぜ合わせた物。①はウチで普段使っているサワー種。八年間少しづつ調整しながら培養してきた種。最初はライ麦粉と水を混ぜた②の状態から始めてpHを調整しながら発酵力の強い菌を残すように培養した。八年間の間に定期的に“ぬか漬け”の“ぬか”を混ぜたりしながら雑菌のコントロールすることで、醸造工程を管理し食味の調整が可能になった。ようは食味を均一化することに成功したわけだ。

醸造工程では良菌と悪菌を区別して管理しないといけない。得たい結果を導くために作用する菌を増やし、それ以外の菌の繁殖を抑えることが重要になる。パンに使う種の場合は糖を食べてガスを発生させる酵母菌が必要なので、大きく分けると酵母菌以外は雑菌ということになる。腐敗の原因となる菌などがそれなのだが、酵母菌以外の雑菌の中でも乳酸菌は割りとイイ奴で、発酵産物の乳酸によって種のpHを酸性側に偏らせるので腐敗菌の活性を抑えてくれる。これがサワー種の酸味の原因。小麦からおこそうがレーズンからおこそうが、パンの膨張に寄与しない菌(主に乳酸菌)の働きで酸味の度合いが変わる。

大きく分けると雑菌である乳酸菌が起因して酸味が出るというのがいわゆる天然酵母の酸味の仕組みで、市販の天然酵母を謳っている商品を家庭で継いでいると発酵力が低下するのは、市販のいわゆる天然酵母は糖を含む培地に酵母菌だけを着床させて培養しているからで、元種として継続的に培養するには条件が揃っていない。これが高価なニセ天然酵母を定期的に購入させる手段の大きな特徴にもなっている。広義に天然酵母とは酵母菌が乳酸菌等の雑菌を含む状態で培地に定着した状態の物を言うのだと僕は考えている。なので市販されている天然酵母と言われているものはインスタントイーストとまったく同じ物なのだということをよく知っておいてもらいたい。

そもそも天然でない酵母菌なんて有り得ないんだからね。

話が逸れまくったけど次の画像へ。

中上から時計回りに、①継いだサワー種、右下②ライ麦粉と水の混合物、左下③ライ麦粉と水と酵母菌と乳酸菌の混合物。約12時間経過。初期段階では菌の数がどうのこうのというより酵素分解の度合いが影響する。

先の画像の状態から12時間後。

中上から時計回りに、①継いだサワー種、右下②ライ麦粉と水の混合物、左下③ライ麦粉と水と酵母菌と乳酸菌の混合物。初期段階では菌の数がどうのこうのというより酵素分解の度合いが影響するんだなというのが見て取れる。あえてそこは解説しないけど。①はすでにパン種として使える状態になっている。漬物のようなヨーグルトのような香り、濡れた草の下に広がる湿った土の香り。経年で醸成された培地の良さが出ている。②は酵素分解の始まる危うい香り、あ、ここから腐るのか発酵するのかどっちかなー?的な香り、香りというより匂いというか臭い。若干膨らんでいるように見えるのはライ麦が水分を吸って膨張しているため。③は酵母菌の活動が進んでいる気配はするが、乳酸発酵はそれほど進んでいない。というより添加した乳酸菌そのものの香りがまだ残っている程度の微弱。ただ腐敗の兆候は感じられない。という程度。

予想はしていたけど、人為的に菌を添加するよりも年数かけて継いだ種のほうがガンガンに醸造ってるのが分かると思う。菌そのものも重要なんだろうけど、本当に大切なのは培地の環境整備。農業だって土を作るのに何年もかかるというわけだし、さあドイツパン焼こうぜ!となってもその組成や構造を知っていなければ満足に焼くことなんてできない。誰かに教わった知識や本で読んだ仕組みを実践しても、本当の知識はボウルの中やオーブンの中で起こっている現象をつぶさに観察して感じていかなければいけない。

僕の中ではモノを作るというのは美しく作るというのが大前提になっている。売り物のはずなのに手作り風とかそう言うのを見ると本当に嫌な気持ちになる。趣味って言うのは向上しないことを前提としたレジャーなわけだからね。家庭で作ることを楽しみにすることはパン屋にとっても良い影響を与えることだと思う。それだけプロとして向上していかなければいけないわけだから。美しいパンを焼くというのは非常に難しい。それも素朴なパンであればあるほどに。だから技術以上に大切な何かを持った人がもっとパン屋さんになってくれたらと思ったりする。