アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

香りのない世界

いや、ちょっとここ1週間ほど滅入ってしまっている。

数年ぶりに風邪をひいてしまった。風邪気味という感じはちょこちょこあったけど、おもいっきりこじらせたのは数年ぶりかも知れない。熱が出たり体が痛いとかはどうでもいいのだが、一番堪えるのは鼻の機能が失われてしまうことだ。香り、匂いをまったく感じることが出来ないのだ。

すれ違う女性の香りも、工場で感じるいつもの酵母の香りも、雨がやんだ後の匂いも、汗をかいた自分のシャツの匂いも、食べているものの香りも、まったく感じることが出来ない。何を食べても何を飲んでも、砂を噛んでいるように感じてしまう。塩気と甘味と酸味と苦味と渋味しか口の中で感じられない。香りがなければ味のついた粘土を食べているようなものだ。

今までもずっとそうだが、僕は香りの中で生活してきた。仕事も香りを重視していろいろな発想をめぐらすことが多い。香りの記憶を辿って結びつけて組み合わせて新しいものを作る。四季のカンパーニュだって、「パンに香りをつける」というタブーを破りで自分の立ち位置を確保してきた。カノーブルにしても「香り」を調味料にするという発想で立ち上げたブランドだ。僕の仕事の中で香りが占める部分の割合は大きい。

生活の中でも香りは大変に重要だ。ボディーシャンプー、芳香剤、消臭剤、アロマ云々にいたるまで、僕は生活の中で様々な香りに囲まれるように心がけている。逆に腐ったものの臭いも大好きだ。世の中は不安になる悪臭と幸せになる良い香りが綯い交ぜになった環境で出来ている。鼻を突く硫黄の匂いも、様々な香料の原料になっている。水に垂らして白濁する香料には大抵のものに硫黄がブレンドされている。香りは足し算ではない。香りは複雑な方程式の中で形を変えて僕達の生活する環境を形成している。

今手がけている新しい商品も香りが大きなポイントになる。だが、その作業はストップしたままだ。その他もいろいろな仕事が遅れている。気分が滅入ってしまっているのもあるが、香りが感じられない今、仕事自体を進めようが無いのだ。今まで体験してきた香りを思い出して脳の中で幸福にひたることも出来ない。幸福になれなければいい仕事が出来ない。香りのない世界、無臭の世界は無音にも通じていて、僕を囲むすべてのものの気配が消えてなくなっているように感じてしまう。鼻のかみ過ぎで耳が詰まっているからかも知れないが。