アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

久しぶりに外の人と仕事をして感じる事。

最近かなりピークぎみですね、作業関係が。

いろいろと同時進行で仕事が進んでいて、それが今までとは違って外部のいろんな人が関わる作業が増えてきたのでやりようも勝手も今までとは違ってきているわけです。いろんな人が関わるということはそれまで見てきたものや感じ方も異なる人と一緒に共通の意識のもとで仕事をしていかなければならんのですが、それぞれの立場であるとか仕事というものの捉え方も十人十色なのでなかなかそういうのは難しいものです。

僕が100%を目指していこうとしても、僕にとっての50%ぐらいのところをゴールだと思ってずっと仕事をしてきた人もいれば、50%の領域すら見た事が無く10%がゴールだと思っている人がいたりと様々です。どうやって説明すれば分かってもらえるか常に考えているのですが、これまでの人生の中で仕事の完成度をどの程度まで高めてる努力をしてきたか、または一つ一つの仕事の中でいかに己の中の完成度に対する意識を高められたのかというのが問われることなので、同じ日本語圏に生まれながら一朝一夕に話しが進む事ではないのが悩みどころなのです。僕が発注側である場合でも相手に対して100%を求める事が困難になってきている感じもあり、話しをする相手の意識が低ければどんなに頑張ってみたところで得られる結果は知れているというものです。

こういったことで悩んでいるうちはまだ自分のレベルが低いのだと思うわけです。自分のレベルが低いうちは同じような低い意識の人たちを引き寄せてしまうのではないかと思いますし、発注側に立つ場合でも金払いにもう少し余裕があればもう少し意識が高くて使える人材のあるところに仕事を出すという選択肢も選べるのではないかという感じです。そういう意味では、まあこれもステップアップの一つだからもう少し自分に選択の余裕が出てきたら、自分のやりやすいように仕事をすれば良いのではないかと考えてみたりするのですがね。

でも今目の前にある仕事もちゃんとしたレベルで終わらせないといけないのであって、そのためには何とか「今のままではダメだよ」と伝えなければいけないのですが、相手の仕事に対する意識が低ければその言葉は逆効果にしかならないので、黙って僕が仕事をしていくのがベストなのかなと思ったりします。目の前にいるのは外部の人であって自分の会社の社員ではなくこの仕事でその人が成長しても僕にとっては何の意味も無いので、何でも良いから目の前の仕事だけはちゃんとしたレベルで仕上げてくれよという切実な思いで僕の心はあふれています。

しかし若い人は仕事が遅い上に意識が低いなと言わざるを得ないのは、自分がオッサンになったのか、自分の立つ場所のレベルが低いからなのか、まあ、そんなに深く考えなくても生きていけるぜというミモフタもない感じなのかなとふと思うわけです。20代で仕事ができないのはまあ経験不足としても30代で小さな事で右往左往されちゃうと「キミ大丈夫?」となるわけです。ああ、こんなのに給料払ってる社長さんも大変だなと逆に心配になるのも自分が経営者だからなのね。

まあ、久しぶりにそうやって外部の人と接しながら仕事を進めていると、けっこう流して仕事をしないと駄目なんだなということに気付いた若い頃を思い出します。こだわって生きる人生よりもニーズに合わせた仕事をこなして小銭を稼ぐ方が圧倒的に多数派なので、自分と関わっている期間だけで良いのでそういう人をどうやって負の方向から向きを変えさせて仕事の精度を上げさせていくか、そういう事ばかりを考えて無駄に消耗しています。

つらつらと考えていると、僕いかに今のスタッフや若い頃の友人に恵まれてきたかということを感じずにはいられません。若い頃にレベルが高い人たちに接してもらったのは僕にとって財産なのだなあとしみじみ顧みながら寝ようと思います。