アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

若者たちよ恥ずかしがらずに自分で考えてものを作れるようになれよ。

まあ、僕のパン人生なんてたかが10年なので偉そうなことは言えませんがね、この10年というのは欧州信奉者との小競り合いの連続だったような気がしないでもないです。

何も僕が作るものが100%オリジナルだなんておこがましいことは言いませんよ、でも新しいことをして尊敬されるということはここ最近になってからでしてね、まあ過去にはひどく悪く言われましたよやることなすこと。

僕がやって来た仕事といえば、カンパーニュに鮮やかな色をつけて5kgで焼いたり、少女漫画の中で描かれた世界観をお菓子にして漫画とセットにしてパッケージングしたり、シュトーレンを飴玉サイズに小さくして手軽に食べられるようにしたり、肉の味のするパンを肉とそっくりのビジュアルで再現したりとか、まあ取るに足らないものばかりです。

今はグランパーニュに改名しましたけど、僕のオリジナルの大きくて色鮮やかなパンを「四季のカンパーニュ」と呼んで販売すると、まあご丁寧にカンパーニュの歴史やヨーロッパのパンの歴史を紐解いて、カンパーニュの定義をメールで5mくらい書いてよこす人が年間4~5人は現れるわけです。で、シメの言葉が「その毒々しい色の物体をカンパーニュなんて呼ばないでくれ」みたいな感じで終わることが多くございましたね。なんじゃそりゃ。

日本人でも食べやすいドイツパンを焼こうと研究を重ねてるのを、そんなのはドイツのパンでも何でも無い、お前はドイツで修行したのか、資格を持っているのか、みたいなメールを頂戴いたしますこともありますよ。なのでここ数年は「ライ麦パン」と称して販売するようになりました。全国のお客さんにドイツ人の方がけっこう多いんですけどね。ドイツ好きの日本人の方々には気に入らないようです。

そういう人たちのことを「出羽の守」(ではのかみ)と呼びます。「フランスでは~」とか「ドイツでは~」とかなんでも欧米の文化を持ち出して自分の知識を顕示してみたり、相手の知識が間違っていることを指摘して「~ではこうだ、お前は間違っている」と言うからです。

人が一生懸命に産みの苦しみと対峙しているときに、ちょっとでもそれが欧米に存在する何かに似ていると、海外のことやものを持ち出して「そんなもの~には昔からあるよ」というのはオリジナルを生み出す若者に対する冒涜です。日本でオリジナルが軽んじられたり新しい価値が創造されにくいのは、こういった欧米のことを持ち出して上から押さえつける存在があるのでしょう。

腕を磨いてヨーロッパのコンクールでアングロサクソンの審査員に認められて溜飲を下げるのも良いことだと思います。それは僕は出来ないことですし、正直に僕はそういうコンペティターとしての職人の道はすごいと思います。欧米で見聞を深めてそれを日本国内に広めるなりの行為も結構なことだと思います。でも、オリジナルを馬鹿にする風潮を僕は許したくないのです。

面白いものを売れるようにするにはものすごいエネルギーがいるし、教科書の無い領域なので孤独に技術を開発して磨くだけの根性が必要になります。それにオリジナルを生み出して世の中に問うというのは異常なほどに頭を使います。頭が良いということではなく、ものすごく考えに考えを重ねてそれでも失敗して当たり前だという前提で人生の貴重な時間やお金やプライドを注ぎ込まなくてはならないのです。神経がおかしくなる仕事なわけです。

あいかわらずお馬鹿なことばかりやっていますが、それでも10年やってやっと新しいものを創り出すということに頭と体が着いて来れるようにはなった気がします。アイデアをカタチに落とし込むやりかた、カタチを商品にするやりかた、商品を売るやりかた、それを魅せるためのデザインの構造。すべてに神経を注ぎ込むのはけっこうキツいですが、それでも世界でたった一つの自分にしか出来ない自分にしか作れなかった何かを、最初に眺めることができるのはこの上ない幸せなのだと言えます。

新しいことは馬鹿にされる。これは仕方が無い。あら探しもされるし、馬鹿にされもする。イヤミを言われたり、メインストリームからパージされたり、新しいというだけで生き方すら否定されて金銭的にも追い詰められたりもする。

でも新しいことは恥ずかしいことではない。恥ずかしいのは新しい価値が怖くてそれを妬いたり馬鹿にして溜飲を下げているような、他の誰かが作った価値観にすがって生きている人たちなんだと思っていて欲しい。

パンの本場はフランスだかドイツだか知らんが、僕がいる場所が世界で一番新しいパンの中心だと思い込んで仕事をしている。もしあなたが若くて可能性があるのなら、若者たちよ恥ずかしがらずに自分で考えてものを作れるようになれよ。もしパン屋をやろうなんて思うなら、僕より新しいものをつくって見せてほしい。