アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

40歳になりました。「これからの人生」が「残りの人生」になったことについて。

おかげさまで本日無事に40歳の誕生日を迎えることができました。これもひとえに支えてくれている家族、スタッフのみんな、お客様、友人知人の皆様のおかげでございます。ありがとうございます。ただ、今までの誕生日と一味違うのは、先週受けた大腸ガンの告知によって人生というものに対する感覚が、40歳を直前にして「これからの人生」だったのが、一瞬にして「残りの人生」になったのは衝撃的でした。

30代を振り返ると、岡山でボコボコにされましたが、高円寺出店によって友人も増え、一応は(若干の)全国区の知名度のある存在にもなれたし、レシピ本を出すという快挙まで果たせ、駅に店を出し、創業者ながら駅でおみやげを売るというおそらく全国的にみてもレアな事業開始というところまでは持って来れました。これは自分としては40代でできたらいいなあと思っていたことなので、それを30代で済ませられたことについて素直に自分を褒めてあげたいと思っています。

うまくいかないことがあっても、周囲から「まだまだこれからだから30代なんてまだまだ」と言われていたのですが、気がつけば自分に残された時間がもう残りが少ないかもしれないという事実について真剣に向き合わないといけない時が来たのかと、ちょっと早いのではないかと思いながらも、しかたないのかなと自然に受け入れてしまっている自分もいます。なぜかこうスーッと自然に「死」というものを受け入れている自分が不思議でなりませんでした。

14年前に岡山に帰ってきまして、それ以来ずっといばらの道を歩んできたように思います。中途半端な地方都市という息をしているだけでストレスが溜まっていく環境下、飲みに行く友達もできず、腹を割って話せる仲間もいない、尊敬できる仕事をする人物もいないという文化の無い孤独な中でずっと14年間やってまいりました。すべてを捨てて東京に戻ることは簡単でした、でも、どのような理由があろうとも、岡山に帰ると決断したのは自分なので、東京に帰るのは仕事で呼ばれたときだけだ。と自分に言い聞かせながらこの環境から逃げずに頑張ってきました。

僕が岡山にいても東京の仲間たちはずっと良き相談相手であり続けてくれて、在京在阪のパン業界の尊敬できる諸先輩がたとの出会いや交流において、頑張っていかねばと自分をなんとかダマしながら保つことができました。それに僕にはもったいないくらいの最高の伴侶を得たことが、僕が絶望せずに生きてこられた重要な支えになりました。ワイフは僕の心の欠けた穴埋めを一生懸命にやってくれました。

精神をズタズタにされるほどの家族の裏切りや、様々な人との出会いや分かれが数々ありました。僕からすると、今こうやって生きていることの方が不思議なくらいです。息をするだけでストレスが溜まる岡山での生活で、40歳まで生きてこられたことに僕は感謝をしています。

生きるということが自分にとってどういうことなのか、どのような意味を持つのか、死を突きつけられた今でもよく分かりません。でも、隣にワイフがいて笑っていて、店に行けばスタッフが楽しそうに働いている、それが今はとても尊い事なのだとやっと心にしみて分かってきました。2年前の震災のときにも思った事なのですが、残りの人生は友のいる場所、自分がストレスを感じない土地で思いっきり自分の人生を歩んで行きたいと思っています。

人ひとりの人生ではかたちのあるものは残せないと思います。おそらく残すとしたら思いなのでしょうか、それともそもそも人は何かを残すために生きてはいないのかもしれません。ただ言える事は、生きている以上、僕は新しいものを作り続け、それを世の中に問い続けるのだということです。岡山で後ろ指を指されながらも、ぼくは世界で日本で一番尖ったものを作り続けていくのでしょう。たぶん僕にとっての生きる事とはそういうミもフタも無い時間の浪費なのでしょう。

家族よ、友よ、愛してます。

ナショナルデパート秀島康右