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アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

僕は町おこし不要論者です。

まあ、昨今いろいろ岡山の人と会う機会も増やしていこうと頑張っておるわけでございますが、いろいろ立場がある人とお会いして行く中で、共通して感じることがございましてちょっとメモ的に。昨日もお話ししたのですが、岡山大好きと公言してはばからない地元の人たちが気付いていない、もしくは目をつむって見ないようにしていると思われるネガティブファクターについて。

1)創業者が成長できない地域経済の仕組み。

2)独自コンテンツの醸成を難しくさせている消費者傾向。

3)環境面以外の理由で帰岡・転入してこない県外転出者や移住者。

1)についてはけっこう書いているのでご存知の通り地方社会のメジャーな病巣である「頭の悪い跡継ぎが偉そうにしている」ということです。誤解が無いように言っておくと友人の中には優しい人物もいます。でも、勉強もできなくてバカでどうしようもなかった奴が、パパの仕事を継いで偉そうにしているという現状は地方経済の漬物石となっていて発展を阻害する大きな原因となっています。彼らの生態は業種ごとに二代目三代目の跡継ぎたちが協会や部会を作って新規参入者を仕事から閉め出すということで利益を守ったりするのが特徴です。僕から見るとここがかなりキビシいのかなあと思います。

2)についても何度も書いてますが、ひな鳥のように巣の中で口を開けて鳴いていれば誰かが他所から面白そうなコンテンツををパクって運んできてくれるという雰囲気が支配しています。「全国初」のものが岡山で誕生して全国区になるのを応援しよう。なんて意識はゼロで、東京や大阪で流行ったものが「岡山にもできた」ということを喜ぶことが地方ライフを楽しむという事なんだなあということを嫌でも分からされます。岡山に限った事では無いのですが、地方だとやはりそういう消費傾向にあると思います。詳しく言えませんがあるメジャーなブランドを丸パクリ過ぎて本物から内容証明が送り付けられた知人もいるレベルでございます。

3)これは最近気づいた事なんですが、震災以降ネガティブな要素を避けるために岡山に住もうという流れがあるようです。災害が無いことをアピールするのは別にかまいませんが、人によって成った項目が地域の良さに含まれないというのはバランス的にかなり致命的なのではないかと思ったります。放射性物質の心配が無くて地震が少ないというだけであって岡山じゃないといけない理由がないわけです。ただ「晴れの国」というフレーズに代表されるような自然資源が唯一の取り柄であるなら、そこだけで良いのではないかと思ったります。人や事に価値はないけど自然はあるし安全ですというのもアリだと思います。

岡山とは文化の盆地とでも言いましょうか、近畿圏でもなく四国でもなく九州でもなく言葉は似ているけど広島文化圏でもなく、その実オリジナルの文化も持たない特殊な地域なわけです。自分たちでは新しいものを何も生み出さいないしコンテンツは他人頼みなのに一人前にプライドだけは高いというのが十数年見てきた感想です。大学進学などで関東や関西に出て行った若者の中で優秀な人たちが帰ってきやすい環境が整っているかどうかも検証する価値はあるでしょう。帰ってきたら地元の駅弁国立県立市立の大学の卒業生で占められていたら、それは帰ってきにくいでしょうね。プチ集落ですから。

すでにあるものを「オラが町はこんなにいいんだ」とアピールするよりも、自分はダメなんだ何も価値を創造できないというところからスタートしないと、ちょっとこの人たちではどうにもならないな、というのが率直な感想です。あるものを広めるというのはどうしても自然資源やそれに付随した第一次産業直結型の経済になります。それは誰でもできるし地方はそれしか無いという思い込みに縛られすぎているのではないでしょうか。足りなければ補う、無ければ創る、そこにこそ新たな価値の創造があり、コンテンツを介して価値を伝えて行くという行動の結果でしか、外盛り上がり雰囲気の醸成は成らないと考えてます。

僕は事や物が域内で盛り上がる事が必ずしも必要だとは思っていなくてですね、町おこしをしようとしている地域ほど町おこしができないでいるという現状を見るに、実は町おこしなんて必要なくて、新しい考え方やノリがスーッと入ってきやすい風通しの良い環境を整える事が大切なのではないかと思うわけです。というわけで僕は町おこし不要論者です。