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アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

断腸の奇跡

言葉通り断腸いたしましたヒデシマです。

うん、そうなんです。入院中もずっと悩んでいたグランパーニュの今後について、数日にわたってスタッフやワイフともいろいろ話しをしていたわけですが、やっと当面の方針が決まりましたのでご報告を。

今日中にちょっと決めないといけないことがあって、まあそれはグランパーニュの製造をやめるかどうかというかなりキツい決断をしなければならん状況になっとるわけです。ずっと前から僕の中でグランパーニュの製造をそろそろやめようかと真剣に考えていたわけです。どうしてかというと、以前からの悩みの種であった岡山での絶望的な販売不振が原因です。

一部の人には言っていたけど、数年前まではこんな特殊な商材でしかも単一商品にもかかわらず催事や通販などで一時は億の単位の尻尾が見えた!という所まで迫ったんだけど、震災以降は坂を転がるというか崖から真っ逆さまの勢いで売上が落ちて、もう今では五分の一くらいまで落ち込んでいたわけです。もうそれは地獄です。

高円寺を閉めて岡山駅に店を出したんだけど、それで全国区のメディアに取り上げられづらくなり、しかも駅の店が盛大にコケるという、鷲羽山ハイランドのコースター的な危うさと切なさでした。ダンサーとして渡日したブラジル人がパスポートを取り上げられて食パンの耳だけで生活しながら笑顔を振りまく悲哀にも似た感じです。

業界の人なら分かるだろうけどパンはすげえ時間と手間がかかる。ウチの場合はプラス詰め合わせの作業が必要なので間接的な人件費が単純に倍かかりますし、しかも卸売りやテナントだと掛け率ナンボなので身入りはかなり少なくなってしまいます。ウチにとってはパンの売り上げが増えれば増えるほど赤字に近づくというよくわからん状況だったわけです。

幸いというか、「ももたん」がすごいポテンシャルを見せてくれているので、それはそれでいいんですけど、この調子でトントン拍子で販路が拡大すると今後は製造が追いつかないという状況が見えてきました。機械製造なのですが、充填放送は人力ですし、取り扱い店からの要望もどんどんレベルが高くなり今の設備では限界があります。

で、僕はポテンシャルを持つ「ももたん」にすべてを賭けてグランパーニュを切り捨てようという決断をしたわけです。いわゆる断腸の思いというやつです。

ですが、

数字をずっと追っていると、岡山以外の売り上げは実は堅調に伸びているわけです。いままで動きの鈍かったところが伸びたり、好調だったところが維持していたり、単純に販路が拡大したり、という感じでもう少しで柱の一本として成り立つくらいになっていたわけです。震災前にはほど遠いですが、メディアの露出も極端に減っているし、どうしてなのかと疑問に思っていたのですが、昨年おこなった商品規格の見直しと単価を下げたのが単純に支持を得られているのではないかという結論に至りました。単価を三割下げたら販売数が倍になりました。

単価を下げて販売数を上げるというのはいわゆる企業努力というやつで効率化の賜物なのですが、もっと効率を上げていけばもしかしたら活路が見出せるのではないかと気づきました。なのですが一つの工場で「ももたん」の製造も同時におこなうため設備と時間の共有がうまくいかない事も同時に発覚。さてどうしたものかと悩んでおりました。どう考えても工場のレイアウトを変え、いくつか新しい機械などの設備を入れなければ効率化が不可能だという答えにたどり着きます。おそらく「ももたん」もピーク時には1ロットの製造数が2500箱とかそういう異次元の数になりそうです。

しかし資金に余裕が無い。と悩んでいたところ、どうやら僕に掛けていたガン保険の保険金が出そうだということになって、おお、なんという奇跡のガン保険ジーザス!というね、いつも通りの神様が書いたシナリオ通りなのでしょう、危機が訪れると必ず救いの手が差し伸べられるという僕の運の良さというか運の悪さというか。しかし文字通り手術で腸を切って「断腸」のもたらした奇跡が起きたわけです。これで必要な機材が購入できます。腸を切って資金を得るという間接的臓器売買で新事業に打って出るなんぞは人生とは何と面白いものなのか。

グランパーニュも大きいサイズのまま続けられそうです。しかももっと進化したものにするつもりです。さっき東京スタッフとも電話で打ち合わせをして、これからの方針を擦り合せました。最近気づいたのは「発想はドラスティックに、アウトプットはコンサバに」ということです。いままでの奇想天外な商品開発力はやはり他のパン屋さんが追いつけないところだと自信を持っているので、それをそのまま形にするのではなく、パンという保守的な消費傾向にあわせたコンサバの極みにまで商品を鍛え上げていくことが僕のパンの最終形態なのではないかと気づきました。おそらくもう“こわいものなし”です。

いつも思うのですが、やめようやめようと思っていても、神様がやめさせてくれない。たぶんこれは、グランパーニュも「ももたん」も、お前にしかできないのだから責任を持って世の中に広めなさいということなのだろうと諦めました。まあ、そういう生き方もあるのかなあと。まあ、人生そういうものなのでしょう。