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アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

マチスタ・ラプソディー

ヒデシマ

のーちゃんもコイケさんも大好きだけど、正直言うとマチスタは嫌いだった。あの場所は僕の中では「街なかStudyroom」だったわけで、それがマチスタになっても僕の中では「街なかStudyroom」の延長上にある場所であってマチスタではなかった。

飲食店で一番ダメなのは、客のいない店でもなく、サービスの悪い店でもなく、マズい店でもない、僕が一番ダメだと思う店は、いざ閉店という段になって惜しまれて最後だからと客が来てしまう店だ。そういうのが一番クソだと思う。閉店するから行こうなどというクソのような客しか掴んでいない店はどうしようもないのだと思う。

マチスタになって経営者が変わり、coLocalのような地方を横並びに並べたマガジンハウスお得意の串刺し編集的なサイトに寄稿し、ブルータスのカフェ特集で自分の店を無理矢理ねじ込むのもそれはそれで戦略なのだから結構なことだと思う。ただ、coLocalに書かれている事はキレイゴトだ。苦労話もあるし試行錯誤の姿も書かれていて、ものごとの上っ面しか見ないようなペラい読者層にはウケるかも知れないが、ただあそこに書かれていない大切なことが一つある。

あの文章には商品がきっちりと描かれていない。

商売は文化事業ではない。商売である以上、何らかの商品やサービスを提供して対価を得なければいけない。脊髄反射で「いいね!」が押されるような教科書的な地方の活性化の取り組みや、昔から続くものしか地方文化として認めんとする民藝しばり編集のような、そんなキレイゴトだけで地方は成り立っていない。どうしようもなく凡庸で、どうしようもなく低レベルな文化の中で地方の人たちは暮らしている。東京目線で見る地方都市はキレイゴトだ。何かを売って金を得る。それが商売だという身も蓋もない事実をキレイゴトで隠しても、その奥には「ゼニを稼ぐ」という事実が厳然としてそそり立っている。

アラサーアラフォーの独身女性がコイケさんに愚痴りクダを巻きにいくのが正しい「街なかStudyroom」だ。coLocalがきっかけでマチスタを知ったデザイナー崩れやブルータスやPenが愛読書のような自我が肥大しただけの田舎の文化人が傷ついた自尊心を癒すためにいく場所は何と呼べば良いのか分からない。コイケさんに愚痴る独身女性と、自我が肥大しただけの田舎の文化人の共通点は「金にならない」ということだ。経営者が変わっても客を変えられなかった。それが悲劇だったような気がする。

いま日本中でコーヒーロースターが増えまくっている。アルファベットがソレっぽく配置された凝ったデザインの持ち帰りコーヒー豆のパッケージや、ブルータスで見た事あるような内装の店がコピーマシンで複写されたかのように増殖している。文化だのカルチャーだの言いながらみんな似たようなことを同時発生的に日本中でおっ始める。雨後の筍のようにコーヒーロースターが増えてる状況で最後列から参入して俺がカルチャーの中心だと言っていいのは山本宇一さんだけだ。

とにかく今日マチスタは閉店するらしい。理由はよく分からん。それが良い事なのかどうか、そんなことはどうでもいい。岡山の中心部に人がいないから?それもよく分からん。長く書いたけど、昨日がのーちゃんの最終日だったというのをすっかり忘れてセブンイレブンでアイスコーヒーを二杯も買ってしまったことへの懺悔なのか、のーちゃんがコーヒーをいれる姿をイヤラシい目線で動画撮影する機会を逸したことへの後悔なのか、それも分からん。またひとつ岡山の街の中心部から店が消えたという事実がそこにあるだけのような気もする。

とりあえずのーちゃんもコイケさんも赤星さんも、ご苦労様でございました。ゆっくり休んで下さいませ。