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アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

弾丸のように尖り、大砲のように轟き、猛禽の爪で心臓をえぐる。

ディスプレイを何十時間も眺めてると気が変になるので息抜きに。

二十代前半のある時期、それまで目指していたことを諦めて途方に暮れていた頃、いろいろな人に世話になり、それこそホームレスに食わせてもらい、どう生きていいかどうしていいか分からなくなって、いろんな人と出会い、いろんな仕事を手伝い、いろんな社会の裏側と触れ、僕は自分の生き方の指針を心に決めた。

昭和が終わって二十数年が経って、世の中は過剰にソフィスティケートされ、汚いものは隠され、目障りなものは消され、耳障りなものは遠ざけられ、人の匂い、血の匂いのしない、キレイゴトやご都合だけを声高に叫ぶ無機物のような人たちが増え、口先だけで生きる人たちには生きやすい優しい国になったような気がする。

あの頃の僕は、自分がどうやって生きていくのかも分からずただ泣いていたけれど、目の前で人が死んだり、目の前で人が泣き崩れたり、目の前で命乞いをする人たちを見て、世の中はキレイな色で飾られた世界だけではないのだということが否が応でも心に刻み込まれた。

世の中は優しさで包まれている。でも、その底には得体の知れない腐った内臓のようなドロドロで満たされた世界があって、僕はそこで見たものが本当の世界なのではないかとずっと思っている。普通に幸せを求めるのも困難な時代に事を成そうとするのなら、弾丸のように尖り、大砲のように轟き、猛禽の爪で心臓をえぐることこそが僕に許されたやり方なのではないかと、二十年近く前の若い頃の僕は思っていて、その頃を思い出すと、今もその考えが1mmも変わっていないことに驚くばかりだ。

人生の時間は短いのだから、準備は周到に、場に張る時は大きく、そして確実にものにする。そういう生き方に憧れていた。今はいつか夢見た自分の姿になれるのだろうか、いつも今の自分の見ては落胆し不安になる。

仕事しよう。