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アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

個性なんてクソの価値ほども無いけど、僕は捨てられないでいる。

生グソ味のレシピも決まって、後は本製造と組み立て出荷を待つばかり。「生グソ」という名前が物議を醸して、クレームや苦情のメールもたくさん来ましたが、いざ秋田の広栄堂さんで本当の生グソが販売されると、秋田の人たちの待ち望んでいた喜びの声がネット上で広がり、SNSで批判する声もほとんど見なくなった。

ネット上で、周りで、SNSで、評価の基準や常識なんて人それぞれなんですよ。他人の意見に踊らされて、自分が恥ずかしいと思ったり、非常識だと憤ったり、そんなの、もう、どうでも良くない?

他人がやってることに意見したり批評批判したりするのは楽なんですよね。それも、他人の価値観を鵜呑みにしてたら、責任なんてどこにも無いし。楽だけど、自分がどこにもいないんだけと。それはそれでいいか。別にどうでもいい。

自分が面白いと思っても、周りが面白く無いと言えば、一緒になって叩いていたら、いつまでたっても自分だけの価値観なんて育たない。

他人がなんと言おうと、他人にどう思われようと、いいと思えぱ作る、作るべきだと思えば思いを貫く。

大多数の人から見れば、個性なんて、小さじ一杯の価値も無いかもしれないし、人と違うなんてこの辺じゃ差別したり叩いたりするきっかけにしかならないかもしれないけど。

でも、やっぱ、やめられない。自分だけの世界を認められた時の喜びや恍惚感は、自分の中だけでしか味わえないことだからね。個性なんてクソの価値ほども無いけど、他では味わえない喜びを得られるから、僕は捨てられないでいる。