アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

覇道から王道へ、2015年大反省会

秀島です。

最近は、一年が長過ぎます。

 

ということで、今年も終わりですね。

ていうか、今年一年なにがあったかよく覚えていないので、自分の整理のためにもちょっとまとめておこうかと考えました。で、久々の大反省会です。数年ぶりです。

来年1月には東京に居を移します。「ももたん」を始めてからの3年間で、いろいろな事業の種を蒔いてきました。それが芽吹いて社会に影響を及ぼすまでに育て上げるのが僕のこれからの仕事であり、使命だと考えています。

 

2015年の年頭に、僕はひとつの決まり事を作りました。それは、

 

思いついたことはすべてやる

 

という単純なものです。

 

ももたんを始めてからの2013〜2015年の内なるテーマは、

 

「レジスタンス」

 

ということで、得意の腕力でやってきたんだけど、いらぬ反発を生んだし、敵も多く作ってしまいました。これが後に大騒ぎを起こしたり、友情、裏切り、そして未来への扉を開く一大叙情詩につながっていくとは、只中にいる僕も想像できなかったし、誰も予想していなかったわけです。 「ももたん」を始めてからの3年間は、とにかく目的を達成するためにすべてを無理矢理に進めていく、「覇道」を求める時間だったのではないかと思います。

そして、この3年を経て経験として学んだことは、本当に強くあろうとするなら、まずは優しくならないといけない。ということだと気づき、2016年をどう過ごすか、しっかりと考えました。そして見つけた2016年のテーマは、

 

「メシア」

 

田舎でひどく打ち負かされた者にしか分からぬ、惨めさや、強さというものを昇華させ、来年からは広い範囲の人たちを幸せに導く事業を生み出し展開していく元年にしようと思っています。1人でも戦う強さを持った男にしか出来ない事業を生み出していきます。たぶん何のことだかわからないと思うけど。

これから僕が求めるのは「王道」というひとつの進むべき道。救うことによって自らも救われるという考え方にシフトしていきます。腕力や策で突き進んだとしても、地方の小さな権力にさえも負けてしまう、それなら徳を持って広く世界に漕ぎ出していくことこそが、人生の後半に差し掛かった僕の歩むべき道なのではないかと。

やりたいことを本当に実現したいなら、報われない努力や無意味な対立で消耗するよりも、理解者の多くいる場所、助けてくれる人がいる場所に移っていくというのは自然な流れだったのでしょうね。ですから来年1月から住まいも仕事の場もすべて東京に移します。

 

ここからは一年の出来事を簡単にまとめてみましたのでどうぞ。

何の参考にもならないと思うけど。

 

 

レジスタンスとしての狼炎

正月早々から読売新聞の岡山版で、僕と「ももたん」の、岡山土産におけるロードオブレジスタンスが記事として紹介されました。いつまでもきびだんごに頼っていて良いのか、利権をぶっ潰してやる!という意気込みを記事にしていただいたのですが、これが後に岡山駅から店ごと追い出されるトリガーになりました。

普通なら経済的に包囲されるとかなり堪えるのですが、その逆境を次の展開に無理やりつなげるという、いつもの展開に持ち込んでなんとか切り抜けてきました。この腕力こそが覇道の成せるところなのですが、売れれば売れるほどに既得権益層から反発を招くという、田舎のコミュニティの恐ろしさを味わい、結果的にはメディアや売り場からパージされるという結果に。

 

 

 

山口洋子先生のお別れ会

あと、これも忘れられない出来事です。今の僕があるのも、山口洋子先生との出会いがあったからこそ、その先生がお亡くなりになり、ホテルオークラで行われたお別れ会に出席させていただきました。この事が、僕の中では昨年の母の逝去とともにひとつの人生の区切りとなりました。

 

 

 

考える時間が長かった

2月はいろんなオファーが重なっていた時で、頭の中で仕事の整理をするので精一杯。アイデアなんて早々出るものではないので、生活リズムに緩急をつけて無い知恵を絞り出していたような気がします。しかし、毎日のように通っていた喫茶店が閉店し、これ以降、僕は喫茶店を探してさまよい続けます。

この辺りでKITOKAMI事業の種が生まれたと思います。毎日20時間ぐらい考えていたんじゃないでしょうか。集中してよく考えたことは、知識というよりも身体に染み付くので、何も考えなくても息をするようにロジックが自然と組み立てられるようになります。僕にとって死ぬほど考えるという作業は本当に必要だと思うし、そういう場所は本当に大切です。

 

 

 

 

多作こそが覇道という考え

2月頃ですか、iMacの特盛を購入。これはこの後に続く総社宮でのプロジェクションマッピングやその他の作業のために買いました。iMacなので30万ぐらいしたんじゃないでしょうか。

「ももたん」もアホみたいに新作をリリースしています。もう、新商品サイクルの自動化というのは完成していて、デスクワークだけでレシピ制作が完結し、クラウドで管理された情報は即座に工場に反映されます。このスピード感を生み出したのは財産になっていると思います。全く異なるカテゴリーの商品を始めたとしても、このシステムは機能しますから。

 

 

 

神社でプロジェクションマッピングをやる

これはシビレましたね。

たぶん忘れられない経験をさせてもらいました。

SNSを見ていたらご存じの方も多いと思いますが、幼なじみの家の神社でプロジェクションマッピングを奉納しました。これが後に続く神社支援事業の幕開けです。自分に何ができるか、自分は何をやるのか、そのあたりをよく考えずに突き進む秀島ならではだと思います。

知られていない神社の春季例大祭に5,000人もの観客を集めて開催された連夜の宴は、多くの人の記憶に残ったと思います。しかし、ここでも岡山の財界政界の陰湿なイジメを受けて、金を出して主催したナショナルデパートという社名は一切メディアに載らないという完全なメディアパージは続きます。岡山というのは恐ろしいところです。

一連の祭りの成功は良かったのですが、この頃から個別の神社支援の限界というものを感じ始めていました。祭りには人は集まるけど、神事への参加意識は低い。この問題点が僕をより一層神社支援事業にのめり込ませていくわけです。

 

 

 

 

 

大局へ向かう大きなキッカケ

そして、この感動も冷めぬうちに事件が。。。
例大祭の進行を手伝っていた“自称”祭プロデューサーが「総社宮の祭りは俺がやった」と言いふらすという事案が発生。いままでやったと自称する仕事に関しても、神社は無関係だということが発覚。後にこの男を四谷のサンマルクカフェに呼び出して問いただすも、知らぬ存ぜぬを繰り返すばかり。
あとで確認したら、うつ病患者や自意識をこじらせた連中が参加する自己啓発セミナーの発表会に登壇して、でっちあげた手柄を発表するためにウソを付いていたと分かる。ちなみにその自己啓発セミナーの参加費用は35万円らしい。
この辺りから、個別の神社の案件に関わることへの疑問が大きくなり、その後の事業展開の舵取りを大きく変えるキッカケとなりました。個別案件だと、こういった詐欺師のような輩の隠れ蓑になりやすい。神社を利用して利益を得ようとか、名を馳せようとか、そういう俗人の考え方では到底いまの神社の窮状は救えない。であれば自分の目指すメシアなプラットフォームを作るべきではないかと思いました。以下は怒りに震える僕のFBです。
 

かなりムカついてる。こいつさ、総社宮の竣工祭で、祭りのプロデューサーっていうからなんか出来るんかと思ったら、特になんも取り柄がないから、すでに決まってる奉祝行事の時間割をやらせただけなんだよね。なのに、集客とか自分の手柄のように書いてん...

Posted by 秀島 康右 on 2015年5月29日

 

 

KITOKAMIプロダクトを発表

そしてこのタイミングでKITOKAMIプロダクトのコンセプトモデルを発表しました。神棚や仏壇という存在をIoT化するアイデアも、この辺りで完成しています。実用新案も登録し、さまざまな協力企業様が名乗り出てくださいまして、これも2016年から本格化すると思います。fashionsnapさまにもご紹介していただき、これも来年はかなり大規模なローンチを控えた案件となります。うひひ。

 

 

週間「仏壇」を発表

あと、毎週仏壇のパーツが届くというディアゴスティーニ方式の「週間 仏壇」を発表。これはエイプリルフールのネタですが、これも2016年から始められるように準備をしています。すでにこれをパクったネタをディアゴスティーニに提案してるアホなおっさんもいるらしいですが、そんなのは今後は無視します。

 

 

 

ヴェルサイユ宮殿公認ブランドとコラボした女王製菓を発売

10年前にヴェルサイユ宮殿とコラボすることを目標として作った「女王製菓」がなんと、ほんとにヴェルサイユ宮殿とコラボしてしまったという、これはもう事件です。当日、憧れの池田理代子先生(ベルサイユのばらの作者)にも直接お会いしてご挨拶させていただくという栄誉をいただき感無量。ここに女王製菓プロジェクトの完結を見たわけです。最高の思い出です。

これについても岡山のメディアは一切を無視しました。海外進出するぞ〜!と発表してるセンスのない6次産業のバカな人たちは山陽新聞に載れますが、実際にヴェルサイユ宮殿とコラボした僕の情報は一切載りません。完全な大人のイジメですね。というか、海外進出するぞ〜!といいながら海外に出ていけない人たちの嫉妬を買うといけないので、載れないのかもしれませんが。後にも先にも、ヴェルサイユ宮殿をコラボする岡山の企業は出てこないと思います。

 

 

 

悲運の真庭市非公認キャラクター「まにわん」を発表。

計画倒産をして負債を飛ばすのが得意な岡山の弁当屋さん「みよしの」の若林社長がイッチョカミしてめちゃくちゃにされた案件です。真庭市長からのご依頼だったはずの案件を、途中で「みよしの」の社長 がイッチョカミしてきて、発売できないかも知れないというところまで追いつめられましたが、自社で勝手に発表しました。こういう輩がいるから真庭市も浮かばれません。

 

 

 

スマホでお祓い「おおはらえ」ローンチ

これが来年以降本格化する神社支援事業の一里塚となる、自身初のWebサービスの始まりです。申込者数1万人、内記名申し込みが5,000人という初回ブッチギリのスタートを切ることが出来ました。

 

 

スマホで祝詞を奏上するWebアプリと、ネットからお朔日参りに参加できるサービスをローンチ

「おおはらえ」をサポートし、後に発表する「すうけい」のサブコンテンツとなるために生み出したのが、スマホの加速度センサーを使って祝詞(のりと)を奏上するWebアプリ「スマホのりと」と、毎月1日に神社に参拝する「お朔日参り」をネットで申し込める「おついたち」です。 現在も利用者は順調に伸びていて、これも今後の神事への参加意識を高めるためのサポートとなることでしょう。

神事自体を汚すことなく、神事への参加を促し、そして崇敬を深めるための導入部としてスマホを利用するというのは、サービスへの導線としては理に適っていると思います。これらサービスはまったく利益が出ません。なのにどうしてやるかといえば、やはり総社宮に関わったときに知った、神社の窮状を救うという「メシア」の考え方です。

 

 

 

神社専用のクラウドファンディングプラットフォーム「すうけい」を発表

ここから神社支援事業のコアが見えてきました。神社支援事業は大きく3つの柱で成り立ちます。KITOKAMIがプロダクト、「おおはらえ」がサービス、そして「すうけい」はファイナンスです。このプロダクト、サービス、ファイナンスの3つの柱が相互作用して、新しい、未来の氏子コミュニティを形成していくわけです。

神職の方は神さまと我々をつないでくれる「なかとりもち」という役割を果たして下さいます。そして、神社自体を支えるのは我々のような市井の人たちです。そのコミュニティを新しく作り出すことが、僕の考える神社支援事業の根幹となるわけです。

 

 

 

プログが炎上

これはもう最近ですね。ブログが炎上しまして、ツイッター上では僕に対する罵詈雑言や誹謗中傷の嵐でした。いまでもTwitterで「秀島康右」という人名とネガティブな言葉を紐付けしようとする人は多いですね。僕のように実名でネットをやっていて、社会的にも成果を出していると、Twitterでネチネチと貶めようとしても、なかなか難しいと思います。炎上も波及を合わせて20万PV程度でしたし、売上も影響を受けていないので、やはり社会的に成果を出しておくというのは、守りの要として必要だなと思いました。

この方は悪意があるわけではないでしょうが、こういう感じで僕のフルネームを検索にかかるようにしようとする人がたくさんいました。

 

 

 

セントラルキッチンをオープン

岡山の工場に併設の直売所をオープンしました。やっと売上も立ってきて、岡山駅の売り場が無くなっても大丈夫になりそうです。ほんと顔射、いや感謝です。

 

 

ECサイトオープン

禿げたオッサンのポエムとともに商品を紹介するという不可解なサービスを開始。誰が買うんだ?と言うなかれ、けっこう禿しく売れてます。

 

都内への出店を発表

駒沢公園に面したカフェに併設という形でお店をオープンすることになりました。4月に神社でプロジェクションマッピングをやっていた男が、10月にセントラルキッチンをオープン、そして翌年1月には都内に工場を持ったお店をオープンするなんて、キチガイですねえ〜。このキチガイさがナショナルデパートの真骨頂なのではないでしょうか。

オープン前から紙媒体で三誌、ネットでも多くのメディアさまにご紹介していただいてます。岡山とは違いますね〜。岡山だとパリのル・ボン・マルシェで販売しても地元メディアで記事にもならなかったのに、都内に出店する発表は、オープン前から多くのメディアさまに取り上げていただける。僕は岡山に向いてませんね〜。東京に引っ越したら速攻で住民票を移して本社も移して市民税を一銭たりとも岡山に払わないようにしたいと思ってます。

 

という感じです。

 

なんか、書いてて疲れたのでここまで、

 

ではまた来年。

 

シクヨロ!