アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

地方は自分で貼ったレッテルで苦しんで死ぬ

というわけで、ここ数日は情報収集がいろいろあって、地方の立たされた状況とか、地方が今後どのようになっていくのか、そして、その中で自分はどういうふうに立ち回れば良いのか、そのへんを考える時間が多かったように思います。

で、今日の朝からこんな記事が東洋経済に。

地方はやればできる子、という幻想は地方に巣食っています。でも、やっても出来ない子っているんですよね〜。なにをやってもダメな子、それが地方というものです。

リンク先の記事、どういうことかというと、行政が関わった事業で利益が出ないから、補助金をつぎ込んだ事業が1サイクルすると終わってしまう。というか継続して続けていけない。ということらしい。

あと、事業自体を地域の外に外注してしまうことで補助金が外に出て行ってしまうという本末転倒な計画というか施策ですね。これは実際に目にすることも多いので実感があります。

東京より地方のほうが割をくっている、だからその分を、再配分しようと配ったとしても、それだけでは地方は活性化しません。

なぜならば、配ったその途端に、その事業に必要な各種経費として消えてしまい、それで終わりだからです。「1サイクル」(1回転)しか、経済が回りません。その経費の一部が人件費として各地域の人に配られるならば、まだましですが、地域の外などに外注してしまえば一度来た予算は、別の地域にいってしまいます。なんといっても問題は、一度使ったらそれだけで終わりです。もう2度と同じような効果を生み出すことはできません。

 

お金をもらっても、事を起こす人材がいない。仮に熱意のある人材がいたとしても、やり方が分からない。やり方が分かっても、やるノウハウと設備がない。

これが地方における事業化が困難な理由です。で、ノウハウや設備を持つ他の地域の事業者に外注してしまう。結果として補助金が付いた当事者地域にはお金が残らない。

 

自然資源という利権は失われつつある

地方は物理的な資源の供給元だという考え方があります。

この地域は気候がいい、じゃあ農作物を特産品にしよう。空き家が多い、じゃあ移住者を誘致しよう、土地が余ってる、じゃあ事業者を誘致しよう。さしたる産業がない、じゃあコンサルに頼もう。地方創生系の事業のすべてがそういう感じで決まっていきます。

過去には地方の物理的な資源として「人」がありました。工場を誘致すれば地域住民に雇用が生まれ、城下町も栄える。でも、少子化による人口減少や高齢化で地方にとって大きな資源であった「人」も期待できなくなっています。

気候風土や土地など、自然資源に頼ることが多い地方にとって、ソフト化が遅れたことが最大の失策だったのではないかと思います。自然資源は人の努力によって勝ち取るものではなく、ただそこにあるだけの利権のようなものです。その唯一の利権さえも失われようとしています。

 

あるものを活かすという幻想

地域における新しい産業を考えるとき、すぐに思い浮かぶのが農畜産物などの一次産業の成果物を活かした加工品のブランド化です。いまは六次産業として地方でコンサルたちが田舎の人のいい農家や、意識高い系の後継者からカッパいでますがね。

昔から続いてる、代々やっていた、このへんは◯◯が名物だから、という理由で様々な特産品加工物が生まれてきました。そしてそれらは地域外の加工工場で製品化され、また地域の中に逆輸入されて特産品売場に並びます。

加工のノウハウは得られないままマージンだけが取られていくのです。軌道に乗り、たとえ設備を揃えたとしても、ノウハウを得るには長い時間と労力、そして膨大な費用がかかります。

さらに、製品が市場で広がるには企画段階からの精緻な計画というものも必要です。そこを地域外のコンサルに頼むと、さらに費用が外部に流出します。

どうしてこうなるんでしょうね、地方って、お金をふんだくられる運命にあるんでしょうか。地方創生サンドバック状態です。

僕は、すでにあるものを活かそうとするから、無理な事業化に舵を取らなきゃいけなくなるんじゃないでしょうかね。と思うんです。

製品原料となる農畜産物や利用価値の無い余剰土地などから着想するから、ゴールが見えないままに計画を考える。あるものを活かそうとするあまりに市場性を無視して事業化に踏み切る。

単純に売れるものというか一発逆転を狙うなら、あるものを活かす、のではなく、無いものを創るなんですけどね、地方で事業をしていると、そういう視野の広い人に会うことなんてほとんど無いです。

 

自ら貼ったレッテルを剥がすことが必要

僕はおみやげ菓子メーカーなんで、自分に近い事例でいうと、岡山は白桃、マスカット、きびだんご、というコンテンツで押し切ろうとしています。やはりコアは農産物や歴史的資産です。

白桃やマスカットの加工品が腐るほどあります。きびだんごも何社が存在しているんでしょうか。白桃、マスカット、きびだんごという範囲の中でしか認識されないという強迫観念が内部には渦巻いてます。

ここに漬け込んだのがOEMおみやげ業者なんですが、ようは、原料に白桃やマスカットが入っていて、パッケージに「岡山」という文言が入っていれば、どこの地域で作ろうが他にどんな素材が入っていようが、立派な岡山みやげになるわけです。どこで誰が作ろうが、きびだんごであれば立派な岡山みやげになるわけです。

「これを推していこう!」

と決めたものが、キーワードとしてひとり歩きして、自らのレッテルとなってペタッと貼り付いてしまっているわけです。そして、長年努力して築き上げたコンテンツをそのまま地域外の事業者に利益として吸い上げられていく。

レッテル貼りも立派なブランディングなんでしょうけど、初動で範囲を狭めていては、その後の事業拡大もへったくりもあったもんじゃないと思います。地方は自らのレッテル貼りで苦しんでいるということを理解しているんでしょうか。

すでにあるものを進化させる、すでにあるものを活かす、というのは現状の延長線上にあるというイメージが有りますが、現状の地方にとって、実は一番キツイ事業化の方法なのではないかと思います。

自ら貼ったレッテルを剥がして、もっと広く見ていかなければ、いま言われている地方創生という看板も、やがて忘れ去られ、そしてまたそれも過去になっていくのだと思います。