アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

いくら考えても考えてるだけじゃ何も始まらないということに気付くまではひたすら考えないといけないということ。

ということでフライトまでの時間をひたすら潰してるわけですが、ちょっと思いついたので。

世の中には頭では考えてるけど、なかなか行動を起こすことができない人というのがたくさんいて(個人的な感想)、じゃあ何でやらないの?と聞くと、やらない、事を起こさない、ことの言い訳だけは湯水の如く湧いてくるんですよね。

まだ時間がかかる、いま考えてるけど、という期間が数年続くと、だいたい行動を起こすことすら忘れてしまい、何事もなかったように、その先の5年10年をズルズルと過ごしてしまい、気がつくと取り返しのつかないところまで歳をとります。

そうですね、分かりやすい例えで言うと、メジャーとインディーズの間に川が流れてて、人それぞれに橋が一本用意されてるのを想像してください。橋は一生に一度だけ架かり、目の前に現れます。そして、その橋は自分の意に介さずに消滅します。

丸太橋が一本だけ架かってる人は、この橋は丸くて安定しない、足が滑るかもしれない、もっと平らで安全が確認できる橋が架かるまでは向こう岸には行かない、と言います。

吊り橋が架かってる人は、この橋は吊り橋だ、もしワイヤーが切れたらどうなるか、そんな安全の確認が取れない橋は渡れない、もっと太いワイヤーを準備できるまでは向こう岸には行かない、と言います。

コンクリートの頑丈な土台の上に鉄製の堅牢な橋が架かってる人は、この橋は金属で出来ている、錆びている可能性は否定できない、コンクリートの土台にしても、侵食されてないとは言い切れない。もっと経年劣化に強い素材を用意できるまでは向こう岸には行かない、と言います。

人それぞれに橋の仕様や堅牢さは異なります。しかし、それぞれに橋を渡らない理由があります。

そうして橋を渡らない理由を考えているうちに、いつの間にか橋は自分の目の前から消滅します。そして、その後の人生で橋は二度と架かりません。

じやあ一度のチャンスを逃したらもうダメじゃん。と思うかもしれませんが、自分で橋を架けることは可能です。

でも、大抵の人は、橋を架けない理由を考えて、行動を起こさない自分を正当化します。

世の中は橋を渡る人ばかりではありません。一度きりのチャンスを逃した後、それに気づいて川に飛び込み、そのまま濁流にのまれて流される人も多くいます。

強運の持ち主は、橋が架かる前にジャンプして川を飛び越えるというアクロバットを、やってのける人もいます。

でも多くの人が、橋の存在にも気付かず、向こう岸の風景すら知りません。

この場合の橋はいわゆる「チャンス」です。橋を作ることは「考える」ことです。橋を渡ることは「行動」です。

橋を架けるノウハウは誰も知りません。橋を架けては川に流され、また架けては流され、を繰り返して、自分が渡れる橋を架けることができます。

セミナーに参加したり、本を読めば、橋の架けかたを学べると思ってる人もいます。でも、そういう人は実際に橋を架けることはありません。ただ橋の構造に詳しくなるだけで、実際の橋の強度を実感できません。

自分で考えることさえも放棄したら、もう、橋博士になるだけで、セミナーや本の購入にお金を使うだけの、単なる、いいお客さん、です。

人の悩みというのは様々ありますが、今より良い場所に行くには、その橋を渡るしかないんですよね。

よくメジャーに対する恨みごとを言うインディーズの人たちがいますが、もう、それなんかは論外です。

メジャーになるには、やり方があります。やり方は人それぞれにあるし、どんなやり方か、それによって結果も千差万別です。

ここ数年で、何人かの行動を起こした人と、何人かの行動を起こせずに好機を逃した人、万能感に浸り、何も考えずに行動を起こしていなくなった人を見ました。

いくら考えても考えてるだけじゃ何も始まらないということに気付くまではひたすら考えないといけないということなのかも知れません。

まあ、あきらめてしまえば、それはそれで楽になります。

でも、あとから恨みごとをブツブツ言うような人生は格好悪いと思います。