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アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

パクられたら、ソレを捨てて新しいことを始めればいいじゃない。

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あの件のことではないですよ。

先に書いときますが。

 

ということで、「パクり」という言葉が賑わってますが、まあ、そういうことってよくあります。というか、厳密に言うとパクリなのかどうかよく分からんけど似てるね、とか、そういうのを含めると、世の中のほとんどがそういうもので成り立っているわけです。

 

僕は直接知らない方なので、名前は伏せて書きますが、渦中の人の奥様が取材にこう答えられていて、

 

そもそも、ゼロベースからデザインをつくり出すことは、一般的ではありません。あくまで一般論ですが、どこかで見たデザインから無意識に着想を得ることは、珍しいことではありません

 

これです、これ、ゼロベースからなんて作らないですよ。普通。スターになる人って、その人のスペシャルが何かあって、その人に頼んだらこういうものができるという路線が決まってくるものだったんです。ちょっと前まではね。でも、路線が固まってしまうと作家性みたいなものがバイアスみたくなって、偏った依頼が続くようになって仕事の幅が狭まることが多いんですよね。

 

なので、最近はまんべんなくいろんなところとコミュニケーションをとれる人が重宝されて、それで、まあ、件のトートバッグというのがあってですね。何十種類もつくらなきゃいけない、それもいろんなテイストで、となると、部下が素材を集めてきて、切り貼りしてつくったダミーぐらいなものが大量に並ぶわけですよ。デスクの上だか壁の棚の上に。その中から選んでいくみたいな。

 

特定の個性を持ったスペシャルな仕事というより、誰とでもコミュニケーションがとれる才能というのは、現代ではかなり重要というか、そういう仕事が求められているんですよね。だから今のスターはなんでも出来るし、なんでもこなす。というか、なんでも出来ると言わなきゃいけないし、なんでもこなさないといけない。そのために、名を売って仕事を取ってくる人と、実際に作業をする人の分業が始まるわけです。もう、管轄外の仕事なんて、いくら責任のある立場だからといっても、管理しきれないでしょうね。スターには死ぬほど仕事が集まるわけですから。世に名前が出てしまった以上、責任が発生するんです。これが厄介なんですがね。

 

僕も若い頃は丸パクリとさせられてました。お客さんから「アソコと同じものを作ってくれ」というご依頼は、わりと多いんですよ。請負をしてた20代なんてのは、パクりばかりさせられてました。個人的にはそれでなんとか仕事をこなす力が身についたってのもありますが、お金をくれる人が「アソコのアレをパクれ」と言ってきたら、若くて金のない僕は言われるがままにやるわけです。

 

世界的に著名な仕事、というのは僕みたいなチンカスには回ってこなかったので、小銭を拾い集めることに必死で、パクるとかパクられるとか、そういうこと考えたこともなかったですね。

 

が、しかしですね、10年前にパン屋さんをやるようになって、超絶オリジナルの商品を作ったときに「パクられる」という経験をして、「パクられる」ということの意味をちょっと分かってしまったんですよね。悲しいことですが。

 

わりとその道で有名な料理研究家女史が自著で僕の考案を丸パクリして別の名前をつけて発表してるのを見てしまって、その時は怒り狂いましたね。なんだよこのオバハン!とね。しばらく怒り狂ってましたが、そのオバハンはそういうシェフの考案をパクって自著に自分の考案かのように書く人として有名らしく、仕事にしても、流行りを追って肩書を変えながら業界を渡り歩く、ある種の渡世人として生き方を全うされている方だったわけです。

 

ですがね、このとき僕は気づいたんですよ。ひとつの問いが頭の中に浮かびました。

 

パクったオバハンが悪いのか、パクられた自分が悪いのかと。

 

パクったオバハンは業界では名の知られた存在、パクられた当時の僕は田舎でせっせとパンを焼く無名の若者。オバハンが自分の考案だと広く世の中に発表した時点で、その考案はオバハンのものになるんですよ。これが世の中の仕組み。その数年後に僕が自分のレシピ本を出すときに、やっと、これは僕の考案なんだと世の中に示せたわけです。

 

そう、いくら、自分が最初にやったと騒いでも、世の中がどう捉えるか、というのが結果であって、あ、こいつの仕事は有名だからパクったらやばいな、と相手に思わせるまで自分を高みに引き上げないと、説得力が無いんだな、ということに気づいたわけです。

 

まあ、その後もおみやげを作ってはパクられ、いろいろと経験してきましたが、僕が出した結論は、、、

 

「パクられたらソレを捨てて次に進め」

 

です。

 

パクられて、パクったヤツのほうが有名で、そいつが考えたことになってしまったことに対して怒り狂うよりも、そういうクソのようなやつの手の及ばない場所にまで自分を引き上げないと、ためにならない。何のためにならないかって?そりゃ自分のためにならないわけですよ。

 

安易にパクられて消費されるものはその程度のものだったと、自分の実力もその程度だったんだと、自分で自分を鼓舞する。そして、自分はその程度でいいのか?過去に固執して足踏みしていいのか?と問いかけるわけです。

 

その先にしか楽しい未来は待っていないし、自分の可能性を自分で伸ばしてあげるチャンスも無いわけです。話がそれたかどうか分からんですが、今回は、パクったことをどうこう言うのではなく、もし、自分が無名で、著名人にパクられたとき、どういう心持ちで過ごせばプラスに移行できるかという、なぜか自己啓発系な感じですが、そういうことだと思ってます。

 

でも、パクるのはダメだけどねwww

 

 

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