アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

麻酔を打ちながら殴られ続ける人

今期最大規模のスポイル案件をヲチしてるんだけど、私はそのことに意見する立場にないので、とくになにも言わないし、いつものようにただ見てるだけなんだけどね。

甘やかされたり、チヤホヤされるのに慣れてしまったり、みずからチヤホヤしてもらうように仕向けたりして自分のポジションを確保してきた人というのは、どうしても脇を固める人材が貧しいというか、多様性を持ち得ないわけです。

人というのはやはり周囲にどのような人に囲まれているか、ちゃんと良識ある指摘をしてくれる人が周りにいるか、自分もまたそのような玉石混交の意見の中から救いの光を見つけることができるか、そういうことで善し悪しのカーブを描いていくんだろうなあと思います。

叩かれて酷い思いをするのも辛いけど、スポイルされて、自らのパーソナリティーが社会の中で崩れていることに気づかないまま内臓から腐っていくというのは、側から見ていて辛いものです。

 

叩かれたり非難されるというのは私は慣れっこだし、私の考えや意見に同調してくれる人も周囲に少なかったことが幸いしてか、苦境に立たされた時もひとりで多様な意見を想定して自分を俯瞰で見ることができるようになりました。

私は間違っているのか正しいのか、相手は間違っているのか正しいのか、そういう偏狭な視野で物事を見たときの答えは選択肢が少なく、すべてにおいて当てはまり、すべてにおいて正しい答えや間違った答えというものは無いんだね、という解にたどり着くまでの時間をより短くするのがより正解に近い歩み方なのではないかと思います。

 

世の中の中心に自分がいるのか、自分が立っている場所が世界の中心なのか、どちらの視点に立つかでものの見え方は大きく変わるわけです。

 

スポイルされるというのは、点滴で麻酔を注入しながら棍棒で殴られているようなもので、実際には心身が傷んでいくにも関わらず、痛みの自覚症状も無いという生きながら死に続けるもっとも凄惨な状態のことを言うのだと私は思っています。

しかしスポイルされ痛みを感じなくなってしまった人は、もう必要な痛みを感じることすら拒否してしまうので、甘い言葉や、優しい同調によってどんどんと現実から遠ざかります。

精神が弱り、自分は悪くないと主張し続けることがパーソナリティに定着してしまうと、もうすでに良識ある人からの信用は失墜しているのだということを、本人は理解すら出来ないでいるのだと思います。

 

信用される人が絶対にやらない44のこと

 

信用される人が絶対にやらない44のこと

信用される人が絶対にやらない44のこと

  • 作者: 山崎武也
  • 出版社/メーカー: 日本実業出版社
  • 発売日: 2015/06/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)