アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

相手に合わせて商品を変えるか、商品に合わせて相手を変えるか。

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中の人(ヒデシマ)の汚いビジュアルをアップしてしまい申し訳ない。もっと綺麗な見た目に生まれたかったですね。

さて、今日は商品を作るときの考え方ですね。

よく言われるのが顧客層を見極めるとかニーズがあるかとかですが、マーケティングなんて成功例を見つけてきて後付けでもっともらしいことを言う作業なので、すべの商売がマーケティング通りにやったら世界中で似たような同じものしか売られていない退屈極まりない世界になっているでしょう。でも現実はそうじゃないというのは、マーケティングは実態の先にしかない。モノが先にあって需要が後に付いてくるというほうが理にかなっているのではないかと考えています。

 

ご存知かどうか知りませんが、私は昨年末に都内に食品工場と小さな売り場を作りまして、まあ今は売り場のほうは1か月に2日間しか営業してないので、実質オープンから数か月しか売り場は稼働していないんですが、工場のほうの稼働はわりと回ったりしています。

このブログでも書いたかどうか覚えてないですが、そもそも今の東京工場は全国の百貨店催事の需要があるだろうと見越して先に設置した戦略的な位置づけで、この場所で実際にパンやお菓子を売って利益を上げようとしていたわけではないんです。

銀座や新宿に車輸送で30分圏内で家賃が1万円/坪以下で30坪以上でスケルトンで計画から3か月以内に見つかった物件、、、という条件を満たしていたのが今の東京営業所の物件で、月々にかかる固定の費用が50万円で収まるというのを決めていたのは、このラインなら百貨店催事を回るだけでコストを賄えるというのが見えていたからです。

 

東横線というのは不思議な沿線で、飲食店のレベルがあまり高くないので、案外、住民の食に関する意識は低いというのが私の見解でして、これは食べログなんかを見ればよくわかるのですが、私の基準としては駅名周辺で検索して上位にパン屋とケーキ屋が入るエリアは食のレベルが低いと考えています。地方出身者の入居が多く可処分所得が意外に低いというのもあるかもしれません。

食に関するレベルが云々、というのはなにもレベルが高い低いという縦軸のことではなくて、許容する範囲の広さすなわち横軸の話で、どこまで好奇心があるか、どこまで経験してきているかということだと思ってます。

ようは自分の見たことがないもの知らないものを積極的に生活に取り入れる余裕があるかどうかです。テレビに出ていた雑誌で見た、ということではなく偶然にも見かけたものを自分の判断基準で購入まで決定できるかどうかは、それまでの生活水準に比例しているように思います。

このことをひとつの判断材料にすると、住宅地での商売は「どこにでもあるもの」を商うことに尽きると思います。そうすると私の作っている商品は住宅地の路面店では売れないという結果は容易に想像できます。ですから工場を作るとき、お店を作るときに、最初から百貨店催事やSC出店やプロデュース業を念頭に入れて計画を立ててきたわけです。

店を開けなければ人件費ゼロで済みますからね。

 

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で、そんなわかりきったことを書くためにブログ書いたのかというとそうじゃなくて、今回書いたきっかけは、ウチの本社のある岡山の奈義町というところが良質な黒豆の生産地であるということで、今後の百貨店の物産展回りのときの目玉にできないかというご提案を幼馴染のお姉ちゃんからいただきまして、さっそく奈義町役場さまが試作用の豆を送ってくださったので先日焼いてみたんですね。それが冒頭の悪ビジュアルのパンで、この画像はその製造工程です。

黒豆はあまり利用シーンが無いので、炒り豆、蒸し豆、煮豆という三種類の下ごしらえからパンに仕立てました。生地に練りこむと水分移行で食感は均一になるのですが香りや食味は残ります。

豆パンというと甘く炊いて鹿の子っぽい加工にしたものを柔らかいパンに練りこむのが常道ですが、ここはナショナルデパート地獄のパン屋なので、黒豆の灰汁もえぐみも全部内包した状態で加工して野性味を出してみました。

というのも黒豆を生で食べてみたんですが、草や根っこのような土の匂いと味がしたんですよね。これを取り除いてしまうとフジッコのお豆さんやお正月のお節料理となんら違いがなくなってしまうので、畑から来た感を演出するためにワイルドな黒光りお豆さんに仕立てました。

 

この加工方法なら、「黒豆」と聞いてお節料理とかフジッコしか連想しない層に鮮烈なイメージを与えられるし、食べた後の思い出に残ります。ようは許容のレンジが広い層にはウケル商材となるわけです。まさに百貨店催事向きの商材です。

ですが、これを日常のパンとして売り出したらどうかというと、これはこのままでは売れません。死ぬほど糖度を上げて煮汁はアルカリに寄せて一般的な柔らかい黒豆のイメージにして、パンもコンパウンドやマーガリンを入れて柔らかくクセの無いフワフワの生地にしなければいけません。ようは許容の狭い層の顧客に売れるためには、どこにでもある何の変哲もない豆パンを焼いて、豆の産地が○○だと謳うのがもっとも効果的なんですね。

まあ、そこそこ売れるか、強烈なイメージを残して名を出していくか、そのへんの選択肢なのかもしれません。

 

あなたの周囲5mの外側に未来の顧客は存在している。

でまあ、何を言いたいのかということですが。

相手に合わせて商品を変えるか、商品に合わせて相手を変えるか。ということに尽きるのではないかと思うんですよね商売は何事も。

あまり知識やテクニックがないパン屋さんだと、問屋から仕入れた鹿の子を練りこんで豆パンとして売るでしょう。これは一番安全で無難です。ただ、それじゃあ前出の黒豆もよくある煮豆としてお客さんの記憶の奥の引き出しのさらに奥に仕舞われてしまいます。二度と思い出されることはないでしょう。

 

商売をするうえでいろんな人に相談することがあると思います。それは友人や知人や家族や同僚、自分の半径5mの範囲内の人に意見を求めていった場合、おおよそ同じような反応が返ってきます。価値観が似ている人たちの交友関係の範囲からは平均的な意見や感想しか返ってきません。

商売としてモノを売るとき、だれを想定しているのか、というのはよくある質問ですが、まさか自分の半径5mの内側だけをお客さんとして想定しているわけではないと思います。買ってほしいのは半径5mからはるか外側の人たち、知ってほしいのは半径5mよりもっと広い範囲の人たちではありませんか?

先にも書きましたが、マーケティングは実態の先にしかない。モノが先にあって需要が後に付いてくるというほうが理にかなっているのではないかと私は考えています。自分の知っている範囲で商売を始めれば、自分の知らない範囲の人たちからは称賛を得ることはできません。

目の前の相手に合わせて商品を変えるか、商品に合わせて展開する相手を変えて範囲を広げていくのか。どちらも正解かもしれませんが、需要を想定して物を作れば、需要が広がるのを待つしかスケールする選択肢はなく、需要を作り出すことができれば、市場のコントロールはあなたの手中に握れるわけです。