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アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

曲がり角をどう曲がるか。

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新しいお店の前でパチリ♡

店主の優しい人柄が溢れる明るく楽しいお店です♡

汚え顔を晒してんじゃねえよ !

というわけで、今日はスタッフにパン焼きをお願いして新しい通販のまた新たな準備作業をシコシコとやっております。これがネット上で「ビデジマ」として跋扈しておりますナショナルデパートの社長の秀島です。

顔も体も正中線も歪みまくってますが、元気に仕事をしております。今日はパン焼きの隙間に少しだけ。

 

曲がり角はだれにでもある

で、今日は曲がり角のお話。

ここ数日、業界の先輩と往復書簡のようなことをさせていただいていて、その中で自分はわりと曲がり角の只中にいるんじゃないかと気づいたのでちょっと書きます。

昨今のIT業界のようにプレイヤーの多くが20代だったりする場合はこれに当てはまらないかもしれませんが、一般社会ではこうなのではないかというのを、僕が今まで見てきた視点で勝手に書いていきます。

というか、これは僕の考えなので、ほとんど当てはまらないかもしれませんがね。

 

20代は「見る」

若い時、20代のときは目標や夢に向かって一直線に進む時期なのかもしれません。世の中のこともよく分からず、社会に出てからそう経験も少ない中で、理不尽なことにも触れ、世の中の仕組みを叩きこまれる時期だと思います。ここは社会見学のような時期で、ここで柔軟にインプットするよう自我を自制しておかないと、後々、心を病んだりしやすくなるような気がしています。

なにごとにも首を突っ込むぐらいの好奇心で事にあたるのがベスト。いろいろなことに興味を持って、いろいろなことにチャレンジしても、周りからは鼻にもかけられない、それが20代の良さです。

20代で期待が集まって成功するのはほんの一握りですから、その一握りになれないからといって、腐ってはいけません。ほとんどの人が「成功」とは無縁の生活をしているのですから、若い時から焦って歯ぎしりするよりは、ここはすべての事象をポジティブに捉えて前向きにやっていくのが吉だと思います。

必要なのは素直な心。何事にも好奇心を向けて吸収するべきではないかと。自我を丸出しにしてしまうと、社会に対して猜疑心しか抱かなくなります。そして病んでいく。そういう人をたくさん見てきました。

 

30代は「探す」

そして30代になると、自分が社会の中で何が出来るのかという模索に入ります。30代に入ると、20代で出来なかったことにもチャレンジできる立場に立っているのだと思います。ここでいう「探す」はいわゆる自分探しではなく、自分が社会に対して何が出来るのか、自分のもつ能力で社会に対して何をすることでインパクトを与え、後に結果を出すことにつながるかを探すということです。

でも、現代社会での30代は、わりと何もさせてもらえません。兵隊扱いだったりしますよね。だからこそ「探す」のに最適な時期なのではないかと思ってます。失敗してもそんなに取り沙汰される心配もないし、社会も「30代はひよっこ」という共通認識で動いているので、ここでトライアンドエラーを繰り返し、自分のなかに小さな失敗や小さな成功のアーカイブを残しておくと良いと思います。

30代、ここでどれだけ試せたかという結果に、40代からの弾数の多さが比例してきます。ここは許される限り失敗しておくべきです。次の40代に入ると、わりと失敗が許されなくなります。

そして、ここが病みやすい時期ともいえます。でも、ここで病む人の大半は、20代の時に受けた良質なアドバイスや忠告を自分なりに吸収し咀嚼しきれなかったために、誤った判断を下してしまった人が多い気がしています。

30代の総括は、20代の吸収でどれだけ自分の範囲を広げられたかが試される時です。

 

40代は「成す」

40代の先輩方を見ていると、ここからやっと思ったことを自分の力で成し始めているのではないかと思いました。

40代からは失敗を良しとすることができません。やったことに対して必ず成果を出さないといけない立場になっています。しかし、40代になったあなたには、30代で繰り返したトライアンドエラーのアーカイブがたくさん蓄積されています。経験や人脈や個人の能力も、20代、30代とは比べ物にならないくらいに向上し、キャパシティは拡大していると思います。

ここまでくると、本当に「仕事をさせてもらえる」段階に入ったとのだと実感するでしょう。何をやっても思い通りに進められます。もし敵が現れても、それに対処し、自分の道を進む道を切り開くパワーを得ています。

あと、40代で大切なことがあるので書いておきます。それは、もう自分の身に何が起きても誰のせいにもできない、ということです。20代、30代とポテンシャルで語られ、可能性で評価されてきたあなたも、ここからは成したことでしか評価されなくなります。

しかし、何かを成した時に手柄を誰かに取られていた20代、30代とは違い、評価がすべて自分の身につくのが40代以降からです。同時に失敗の責任も取らされます。もう、自分を庇ってくれる人はいないのだと自覚するのも40代からです。

 

50代は「伝える」

50代の先輩方を見ていると、40代で成したことでさらに大きく羽ばたき、そして、自分が成したことを後続に伝えていくという役割を得ているように感じます。仕事もプライベートも充実し、余暇時間もある程度コントロール出来るようになっていると思います。

様々な「役」が付いてくるのもこの頃ではないでしょうか。

20代のスターターとしての時期、そして30代のプレイヤーとしての時期、40代のメインプレイヤーとしての時期を経て、自らのプレイヤーとしての時間割を縮小させ、マネージメントの役務にシフトするのでしょうか、それとも人によってはマネージメントの役務からも少しづつ開放される時期でしょうか。職種や環境によって様々あると思います。

ここまで充実した仕事をし続けられてきた人は、後続を育てるという役割を授かります。自分が得た評価を伝え、30年間プレイヤーとして生きてきた中で経験したことや、気をつけたことなど、若い世代が知り得ないような「経験」からのアドバイスが出来るようになります。

40代ではまだまだ下の世代もライバルとして認識しますが、50代だと下の世代とある程度距離を置いて見ることができるので、立場的にやっと「教える」ことが出来るようになるのではないかと思ったりしています。

そしてこの先の60代、70代へと続くわけですが、そっから先は先輩のサンプル数も少なく、未知の世界なのでここではうまく書けません。また20年後にでも。

 

曲がり角をどう曲がるか

若い時も歳を重ねても、毎日小さな決断や大きな決断の連続です。この判断を誤ったら大きく人生が逸れる、ということもあると思います。長く生きている間に、私たちはそういった「曲がり角」を無数に経験します。10年、20年と過ぎた中で、最初に思っていた道ではない道を進んできたと思うことも有るかもしれません。

このような目に見える決断を迫られる曲がり角を、幾度と無く曲がっていき、その結果が人生そのものになっていくんだろうな、そう思います。曲がり角を曲がるとき、後ろ髪を引かれる思いをすることもあるかもしれません。でも、大切なのは、曲がり角を曲がりながらも、最終的には目的地にたどり着くことです。

右にでも左にでも、何回も曲がっていればいつかは自分の正道に戻ります。でも、そのためには最初の道を見失わないことが大切です。また、曲がりまくってしまった結果、若いころには思っても見なかった良い結果にたどり着くかもしれません。

そういう、何が起こるかわからない、どういう結果になるかわからない、それが人生の面白さであったり、楽しさなのかも知れません。

目の前に曲がり角が現れた時、道が二手に分かれていた時、あなたならどういう選択をするでしょうか。40代になったばかりの僕は難しい方を選びます。難しいことで結果を出すことで、より自分のステージを上げることができるからです。

曲がり角の遠心力で弾き飛ばされそうになるくらいの大きなカーブにマックススピードで突っ込んで、ハンドルを腕力で押さえつけで曲がりきったとき、その爽快感や達成感は他では味わえない快感があります。あまりおすすめしませんが。

 

曲がり角を曲がって見えたもの

2年半前、僕も実際に大きな曲がり角を曲がりました。

病気が見つかるという衝撃的な事件をキッカケに、それまでの主力事業の「パン」から「お土産菓子」へと変えるべく、大きく舵を切りました。この曲がり角、キッカケは病気、決断は自分です。

2年半、お土産菓子をやり続け販路を増やし、そして先月、また大きく曲がり角を曲がることにしました。主力事業を「パン」に戻したのです。しかし、2年半前のパンとは全く違うスタイルになりました。それまでは長期保存に特化したパンであったのを、「焼き立て」のパンを売るスタイルに、またこれも大きく舵を切りました。

なぜ、「パン」に戻ったのか。

それは2年半の寄り道で、見えてきた新しい風景があったからです。それまで10年やってきた「パン」から距離をおいたのは、得難い経験だったと思います。お土産菓子のノウハウと、パンのノウハウを融合した新しい事業の可能性を見ました。これは僕にとって大きなプラスです。

角を曲がらないと、その奥に広がる光景を目にすることはありません。曲がらなければ一生見えなかった風景が眼前に広がった時、新たな自分の進む道が浮かんできます。

 

「曲がり角」は贈り物

とはいえ、まあ、曲がり角をうまく曲がりきれることばかりではないです。曲がった先がすぐ断崖絶壁だったとか、良くある話です。この曲がり角を避けてばかりいると、この曲がり角は好機なのか罠なのか、そういう見極めも勘も養えないです。すすんで曲がってみましょう。

くれぐれも曲がりすぎて自分の道を見失わないように。

それに、「角」は、フランス語で「贈り物」という意味の「Cadeau」(カド・カドゥ)に読み方が似ているので。まあこれは冗談。

 

では、仕事に戻ります。

岡山のお店、みんな来てね。

 

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