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アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

切ない仕事。

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まともにブログを更新するというのが5〜6年ぶりということもあって、SNS隆盛のいまの雰囲気でどうやっていいか分からないままに書いてきたけど、そろそろ、いろいろな数字も落ち着いてきたので、ブログ、SNS、EC、メルマガを、すべて切り離して運用していこうかと。

以前はブログで告知、そのままECやイベントや実店舗への集客、という流れだったんだけど、今や世の中やネットに情報がありすぎて、そこに時間を割いてくれる人の割合もかなり減っている、分散化しているような気がする。

前にも書いた、アクセスが空中で旋回して降りてこないという状態。

ネットの情報がネット上で完結する性質のものに移行して久しいし、リアルの情報拡散はネットでどうこうという流れになりにくくなってきた。口コミとは言うけれど、実際には地道な努力の連続の結果でしかなくて、リアルビジネスにつなげていくには、ネットのアクセス数よりも、アクセスの質そのものが問題になってくる。

 

清廉ではない自分

とにかくパン屋は清廉さを求められる。これに僕は何度も頭を悩ました。キャラクターがイメージと合わないということで、わりと叩かれることが多かった。パン屋とは人格者であり、勤勉であり、、、というイメージを当てはめられるので、僕のように「人間のクズ」がパンを焼いている、という特異例は社会では受け入れられにくい。

黎明期からネットの仕事をしていたこともあって、若いころは叩かれたら叩き返すというスタイルで、相手のブログを閉鎖に追いやったり、SNSのアカウントを消すまで追い詰めたりしたもんだけど、SNS隆盛の今では、もう、母数が増えすぎて対応ができない。これも時代の流れかな。

 

こういう性格だから衝突も生まれやすい、でも、逆に、うわべだけではない強固な信頼関係を築きやすいというのも事実。これで何度も助けてもらった。

しかし、仕事において、作ったものだけではなく、人格の清廉さまで求められると、やはり窮屈だし、みんながみんな普通の幸せを享受して生きているわけではない。僕のように屈折し、紆余曲折あってパン屋をやっているという事例もある。ただ、それは伝わりにくい。

好きでやっている仕事だけど、社会通念で言えば「向いていない」仕事をしているんだと思う。だけど、まあ、これは一生やり続けるんだろうな、と10年前に思った仕事だから、それが切ない毎日の連続であっても、自分にとって切ない仕事であっても、とにかく応援してくれる人が居続けるかぎりは、見据えた目的地に向かって進むしかないんだよなあ。

 

仕事に戻ろう。