アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

44歳になりました。

運転免許の更新があって一時戻っていた岡山で誕生日を迎えました。半年ぶりに戻ったので、普段会えないスタッフとご飯を食べに行ったり、散歩をしたり、顔を出す場所を巡ったりしていたらあっというまに四日が過ぎていました。(スタッフと別れるのが寂しくて途中延泊したんスけどね)

44歳になったということは、癌が見つかってから4年が経ったということで、我ながら強運なのか悪運なのか分かりませんが、まだ世の中にお役に立てることがあるのかなあと思いながら誕生日を迎えました。

40歳を過ぎたとこから、自分がコレをやりたい、というよりも誰かの役に立つ仕事という側面が強くなってきて、人から求められる何かが幸い自分にはあって、自分では簡単にできてあたりまえのようにこなせる仕事でも、私以外の誰かは必要としているのかなあと気づいてきたのが私の40代のスタートでして、この2年間は機を見るに敏であろうとするために、オッサンなりの仕事を完遂できる環境を整えるためにひたすら動いていたような気がします。

あと数ヶ月もすれば新しい事業のローンチがあり、私はここまで準備していたすべてをお見せできる喜びを味わうことでしょう。40を過ぎて私の人生の後半を捧げる価値のある仕事を始められる喜び、40を過ぎて死に近い病気を経てさらに強く一歩を踏み出せる喜びをひしひしと感じています。

 

思えば岡山に引っ込んでいた17年間で世の中は大きく動き進化していて、私は浦島太郎にならないようにずっとヲチというインプットを続けながらただ指をくわえて時代の趨勢を眺めていました。いろいろなことが起きて流れていくさまを、私はただ見ていました。

私が23歳の頃に出会ったインターネットは今ではあたりまえのインフラになり、27歳でサイト制作業を廃業してから今日までの17年で、さまざまな変化や進化が起こりました。一番大きな変化はコストが劇的に下がったことだろうと思います。その分求められるレベルも上がったのではないかと思いますが、それでも昔と今ではかかるコストは格段に違ってきている気がします。

17年前には「おまえそんなことしてなんの役に立つの?」と言われながらも身につけたスキルは、17年後の今になって人のお役に立てる日の目を見ることになります。17年前に「未来はこうなる」と自分の中で予見していた通り、いやそれ以上に進化している状況下で、さまざまな調達コストは下がり、自分のスキルも積み重ね、17年間の知見によって得た機を見るに敏であるスタイルが、ここで第二の人生(病気のことを考えれば2回目の人生)を踏み出すキッカケを作ってくれたのかもしれません。

 

こういう生き方しかできませんが、周囲の人に温かく見守っていただき、支えていただき、これまでの人生に感謝し、これからの人生を誰かのために尽くして参る所存でございます。

今後ともよろぴくお願い致します。

秀島康右