アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

自分の専門分野は二十歳ぐらいに決まっていたが、住む場所を間違えたので17年間死んでいた話。

まあ、いい年したオッサンなのにフラフラしてて、ごくたまに仕事で一発当てるんですけど、困難な状況に突撃して針の穴に糸を通すようなことが大好きなので、だいたい数年シフトで何かやってる感じで、この春には新しい法人を作ったりしてたり、他人から見ると何をやってるかよく分からないことが多く、よく言われるのが、

「おまえは何屋なんだ?」

という言葉でして、どうしてそう言われるのかというと、顔や名前が出るという世の中デビューがカフェやパンという業種だったからで、世の中的には私は「パンの人」という認識で通ってるような気がします。まあ、パン屋として取材も多く受けているので、秀島という人物は「パンの人」だという認識されるのは間違いではないです。

まあ、レシピ本も出しているわけですし。

ナショナルデパートの「四季のカンパーニュ」とライ麦のパン

ナショナルデパートの「四季のカンパーニュ」とライ麦のパン

  • 作者: 秀島康右
  • 出版社/メーカー: マイナビ
  • 発売日: 2012/04/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

自分の専門分野は二十歳ぐらいに決まっていた

でも、秀島が「パンの人」だという世の中の認識と、私自身の中の認識は大きく違っていて、27歳で母の求めで故郷の岡山に帰るまではパン屋で働いた経験も無いどころか、飲食店でアルバイトしたことすら無かったので、私の中では自分は「パンの人」ではないばかりか「食の人」ですらないわけです。

では、27歳までお前は何をやっていたのか、ということですが、大学に通ってるときからずっといわゆるIT系というかweb系のフリーランスだったわけです。その頃はまさにITバブルだったのですが、コンピューターってなに?的な認識しかなかった母からすると、たまに東京で大金を稼ぐ私の姿を見て、なにか怪しい仕事でもしているんじゃないかという疑いが強まり、まあ、母も離婚して独りで祖父の世話をしているという環境だったので、東京で怪しい仕事なんてしてないで帰ってきなさいということになり、そこからITとかwebとは無関係の喫茶店(カフェ)やらパン屋を始めたわけです。

なんですが、どうもあいつのやる店や、作るパンや商品はおかしい、というか変わってるという評判がたってしまうわけです。というのも、私は若いころにとあるベンチャー企業(非IT系)の社長のカバン持ちみたいな経験をさせてもらったことがあって、その頃の見聞がその後の思考に大きく影響を及ぼしていて、カバン持ち期間の知見が今の私の起業家としてのすべてを形成しているような気がするのです。

独創的なアイデアと、それを実現するデザインとテクノロジーとビジネスモデルと知財と広報戦略というのが得意分野なんすけど、パンとお土産と岡山ではまったく活かせなかったので、17年間のフラストレーションはすうけいで発散しようと思ってる。

これはFBに書いたのなんですが、何も知らないウブな私は、ベンチャー社長のカバン持ちをしているときに見てきた光景が、頭に焼き付いて消えてないんです。どういうことかというと、産業上有用な技術が創造される瞬間というのは個人の頭の中の妄想レベルなんですが、技術として明文化して権利として確定させ、それを具現化してプロダクトやサービスの開発に落とし込んで資金調達して、広く知らしめて。。。という一連の流れが世の中の仕事だという思い込みをしてしまったんですね。だから、頭の中に何かアイデアが浮かぶと、すぐさま特許や商標や意匠を出願したりするわけです。

 

住む場所を間違えたので17年間死んでいた話。

で、多感な若いころに自分の仕事メソッドが完成しているので、畑違いのパンとかお土産においても同じような仕事の進め方をしていたわけですが、これまったく意味なかったんですよね。地方で親の後ろ盾が無く、大店や地方の名士の息子でも無い場合、どんなに能力があっても仕事はさせてもらえません。

先にも書きましたが、私の専門分野は『独創的なアイデアと、それを実現するデザインとテクノロジーとビジネスモデルと知財と広報戦略』なので、そもそもは起業家の補佐が得意なわけですが、地方で起業する連中はだいたい大店の跡継ぎか名士のボンボンなので、「どうしてもこれをやり遂げるんだ!」というメンタリティーに欠けるというか、そういう起業家として必要なものがすべて欠損している方が多く、一度だけそういうボンボンに仕えたことがあるのですが、まあ、トラブルがあると押し付けて逃げ出すようなどうしようもないボンボンで、その経験以来、田舎で誰かに仕えるというのはやめました。

で、まあ、岡山という地方都市で変わったパンを焼いたりお菓子を作ったり、お土産菓子を作ったりして、東京駅とコラボしたり、日本郵政とコラボしたり、果てはパリのボンマルシェ百貨店で販売したり、ヴェルサイユ宮殿とコラボしたりといういろんな経験をさせてもらったんですが、まあ、これって岡山にいなくてもできたよな、むしろ岡山にいないほうがもっと結果出せたよなという気持ちはずっと持っていたわけです。

そうしているうちに母が亡くなり(父は愛人に看取られて亡くなっていた)というタイミングで会社と工場を岡山のスタッフに任せて、私は17年ぶりに東京に戻ってきて新しく法人を設立して新たなスタートを切ったわけです。

東京に戻ってきてからもうすぐ1年なのですが、もう40過ぎたオッサンなので若いころのようなパワーはありませんが、私が17年間も都落ちしている間に世の中は大きく変わっていて、さまざまな調達コストも下がっているので、なるほど、ここが自分の専門分野を起業家として発揮するチャンスなのかもね、という感じでいろいろ仕事をしています。17年間も田舎で死んでいましたが、まあ冷凍睡眠していたと思えば、いまの好機は逃さないように頑張っていきたいと思ってます。

 

年収は「住むところ」で決まる  雇用とイノベーションの都市経済学

年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学

  • 作者: エンリコ・モレッティ,安田洋祐(解説),池村千秋
  • 出版社/メーカー: プレジデント社
  • 発売日: 2014/04/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

この本を読んで、なるほどという言葉しか出ませんでした。

都落ちした人は必読です。