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アイデアのスープのレシピ

ナショナルデパートが作られる現場のレシピ

「残る仕事」を残せるか、それも仕事のひとつ。

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今年はいろいろやった、プロジェクションマッピング、神社支援事業、神棚の販売、ももたんの販拡、そしてパンへの帰還、ここからは菓子ブランドを作らないといけない、結構しんどかったし、これから先の1ヶ月が一番しんどいと思うし、今年の残り2ヶ月は今までで仕事のボリュームがもっとも多いと思う。考えるとちょっとひるむ。

ももたんはフェードアウトするわけではないけど、パンに注力するためには、工場の稼働を割ってやらないといけなくなるし、物理的に販売構成比率は下げないといけなくなる。

でも、こうやってパンの新たな展開を見据えて動いていても、神棚の注文は入るし、神社さまからのご相談も来るし、Webサービスの取材は入るし、ももたんの新たな商談が来たりする。今までやってきたことが数ヶ月遅れで動き始めて、「もう一度パンを」と思った矢先に、過去の仕事のぶり返しの波が来て、おいおいどうするんだよ、という毎日を送っていたりする。

 

冒頭の画像は、ふとワイフが開いて眺めていた僕のレシピ本。

 

ナショナルデパートの「四季のカンパーニュ」とライ麦のパン

ナショナルデパートの「四季のカンパーニュ」とライ麦のパン

 

もう何年前なのか憶えてもいなかった。出版が2012年だから、たかだか3年前の出来事だったのか、と驚いた。3年間、僕は何をやってたのか、何を作ってきたのか、もう覚えられないくらいの数のものを作ってきた。

売れて残ったものもあれば、全く売れずに記憶から抹消されたものもある。そんな中で自分の本、というのは自分のやってきた仕事の中で「残る仕事」として大きな意味をもっているんだなあ、と3年の月日の後に気づいた。

この仕事もいろいろ大変だったけど、やらせてもらえて本当に良かったと思っている。寺澤さん、成田さん、前田ちゃん、本当にありがとうございました。

 

仕事を認めてもらうということ

3年前に都内の店を閉めて岡山に引っ込んでから、ほとんどメディアに出ることが無くなって、関東のお客さんからは「ヒデシマ死んでんじゃねえの?」と思われてるかもしれない。毎月雑誌に取り上げられ、毎月のようにテレビ取材が来ていた当時のことがウソのように岡山では無視され続けている。

メディアの露出が即業績に繋がるわけではないが、それまでメディアに取り上げられ続けていると、途切れたときの喪失感はかなり響く。都内だとニュースソースとして取り上げられるが、岡山だと無視されるというのは心の栄養を消費していく。

ただ、僕の作った商品やデザインは地味に取り上げられ続けている。

 

地域発 ヒット商品のデザイン

地域発 ヒット商品のデザイン

 

ももたんのパッケージデザインが始めて取り上げられた本。ここでは地方の一例として取り上げられた。この本が出てからデザイナーの方のお土産として注目されるようになった。

 

キャラクターでもっと伝わるデザイン

キャラクターでもっと伝わるデザイン

 

ももたんのキャラクターとしての可能性を広げてくれたのはこの本の掲載。居並ぶ大御所の中で、見開きで大きく取り上げていただいた。饅頭屋の社長の仕事がデザイン本に掲載されるというカタルシスが心に響いた。

 

コミック mix デザイン

コミック mix デザイン

 

女王製菓のパリバージョンのパッケージも取り上げていただいた。これは表紙にも載っている。7年越しで女王製菓のグラフィックがデザイン本に載るというのは、本当に嬉しかった。

 

僕は食べ物を主に作っているので、食べてしまえば僕の仕事は消えてしまう。でも、パッケージデザインやグラフィックやコンセプトはこうして消えずに残っていくことができる。いろいろと岡山で辛い目にも遭ったが、自分の仕事だけはこうやってさまざまな形で残していただけて、本当に感謝している。

「残る仕事」とは何か、そういう問いを自分に投げかけることがある。

パブリックな仕事は長い期間残り続けるだろう、でも、市井の僕みたいなビジネスで、「売れる」ことよりも「残る」ことを目標とした仕事をするには、いま目の前にあることの先にある、なにかモヤモヤしたまだ形になっていないものを具現化して形にして、社会に提出する必要がある。その結果として誰かに認められて、誰かの協力のもとで世に残る仕事となるのだと思う。

 

「仕事」にはいろいろな側面があるけど、「残る仕事」を残せるか、それも仕事のひとつだと思っている。「作る」ということを「残す」ことを前提としてやっていく仕事だと再認識しました。