あるときパン職人の男と華道家の女が出会った。
男は女と初めて出会ったその日のうちに結婚しようと思った。
男が「自分の焼いたパンに花を生けたら素敵じゃないか」と言い、
女も「私もそれを想像していたのよ」と笑った。
しばらくして女は男の仕事を手伝うようになり、
もうしばらくして男と女は結婚した。
男は女の夫になり、女は男の妻になった。
やがて夫の仕事は行き詰まったが、
妻は夫の仕事を献身的に支えた。
妻は夫の焼いたパンを抱えて全国を売り歩き、
夫は売れないパンを焼き続けた。
何のためにパンを焼いているのだろうかと、
ふと二人の頭をよぎることがあったが、
夫は支えてくれる妻のためにパンを焼き、
妻は信じる夫の焼くパンを売り続けた。
二人が結婚して何年かが経ち、
初めて出会った時に言っていた、
「男の焼くパンに女が花を生ける」
という約束はいつの間にか忘れられていた。
二人が知り合って8年が経とうとしていた。
夫は妻との約束を思い出した。
自分の焼いたパンに花を生けてもらおう。
夫はもう何年もまともにパンを焼いていなかった。
妻は結婚するときに師範の免状を返していた。
パンの焼き方を忘れた夫は早朝からパンを焼き、
花の生け方を忘れた妻は前日から準備をした。
いざ、パンを焼き、花を生け始めると、
なんとなく思い出してくる。
忘れていたいたけど、
やっぱり二人が出会ったきっかけは、
花とパン。
実現するまでに8年の時間がかかったが、
今日、夫がパンを焼き、妻はそれに花を生けた。
今日から新しい二人の時間が始まる。
またゼロから始めよう。
二人だけの新しい世界。