アイデアのスープのレシピ

アイデアのレシピ集

リセッションに入って正論だけが独り歩きする世界になった。

最近、商談がぽつぽつあるので、いろいろ話をするんだけど、上流に行けば行くほどリセッションに突入しているという認識が強くて、現場に近い人はルーティーンに追われててそんなことを感じるヒマもないという感じがしてきますね。

僕がヤバイなと感じたのは、いろいろドサ回りしてると、消費傾向が完全にコンサバに振り切ってて、消費に高揚感や期待感を持たず、安心や確認を求めてるのがものすごく強くなって来てる気がする。 消費傾向がコンサバになると多様性が失われてくるので、消費者が何を買っていいか分からずパニックになるのを防ぐためにブームのスパンが短くなって、提供側も過去に流行ったものの焼き直しでブームを仕掛けていくしか無くなってくる。

パンで言うとコッペパンブームからの食パンブームの転換であったり、この流れだと再度メロンパンブームの焼き直しもあるだろうし、カレーパンブームの焼き直しもそう遠くない時期に来ると思う。 もうすでに知ってるものがブームになるしか消費を喚起するキッカケが無くなるので、新しいものが生まれなくなる。新しい価値が生まれなくなるということにつながる。

20年前のカフェブームは、それまでの価値観に対するカウンターカルチャーとして機能していたんだけど、今のコーヒースタンドブームはすでに大人たちによって用意された消費のレールに乗るように広がっていったのは、それはそれで新しい価値観なのかもしてないけど。

でも、個が社会に抗う摩擦によって新しい価値が生まれるムーブメントなんてここ10年以上見たことがないし、まあ、みんな失敗を恐れているんだろうなあという感じですかね。まあ、これが正論ブームを生み出したのかも知れないけど。

間違いを犯すことを恐れ、間違っていると指摘されることに萎縮し、失敗を恐れ、失敗することで嘲笑されることに萎縮する。間違っていないことさえ言っていれば恥ずかしい思いをすることもないし、相手の間違いを指摘していれば自分が正しいと思い込める。

コンサバになるというのは間違わない方法としては簡単だし、正論を言い続けてその場から一歩も動かない生き方もいいかもしれないけど、ずっと同じ場所でくるくる回るコマのように、いつかは倒れてしまうんだろうね。